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日本図書館研究会研究例会(第347回)報告


日 時:2019年3月9日(土)19:00〜21:20
会 場:大阪市立総合生涯学習センター第7研修室
テーマ:図書館が本を貸すから本が売れない?
発表者:常世田良氏(立命館大学文学部)
ゲスト:伊藤民雄氏(実践女子大学図書館)
参加者:27名

 常世田氏の講演,伊藤氏の発表,最後に会場から両者へ質問・意見交換と3部構成で行われた。
1.常世田氏講演
 1990年代後半から出版流通関係者が「図書館における資料の貸出が図書の売上を阻害して
いる」と主張,その後も同様の主張が散見される。当時日本図書館協会理事であり,図書館側と
して会議やシンポジウムで話をしてきた。特に権利者側(出版流通関係の方々)は情緒的な主張
が多く,実証的研究やエビデンスが少ない。冷静な検討のために,@問題の整理,Aエビデンス
の収集,B他の業界,社会の状況との比較が必要である。
(1) 権利者側の主張
@図書館の貸出により,出版物の売上が阻害されている。1997年以降出版物の売上は減少,
反比例して図書館の貸出点数が増加している。
A売上阻害対策として,図書館の貸出を猶予すべきである。
B売上阻害対策として,図書館の所蔵冊数を制限すべきである。
C公共貸与権制度の導入をすべきである。
(2) 諸数値の検証〜総貸出点数における一般書の新刊の割合と数値修正について
 提示されたグラフの出版物の売上点数は推定販売部数であり,主に新刊書である。一方,図書
館の貸出点数における新刊書の割合はどれぐらいか。過去一年間に受け入れられた図書の割合を
調査したところ,浦安市約8.0%,堺市約5.1%,塩尻市約8.9%であった。新刊書の定義
を出版から半年と考えるとさらに半分になる。また,貸出点数の統計には,児童書,定期刊行物,
視聴覚資料等が含まれ,一般書の貸出割合はおおむね60~70%である。以上のことから,一
般書の新刊の割合は約4%程度と考える。しかも市民は借りた資料を全て読むわけではない。
(3) 書籍全体の販売実績と図書館における書籍の貸出点数の相関の有無について
@絶対的購買力の低下(国民全体の購買力)
  他の商品に比べて下落率は低く,国民は限界まで出版物を購入しているのではないか。
A相対的購買力の低下
  新古書店,家族等での回し読みに加えて,スマホのゲームなどのデジタル系余暇コンテン
ツ,デバイスとの競合が激化している。
B2009年度から図書館の貸出点数は減少しているが,販売部数は増加に転じていない。
(4) 権利者側からの売上阻害を回避するための要請妥当性について
@貸出猶予
 既に,実際に借りられるまでに2週間以上かかるなど相当な時間を要している。また,既に貸出
猶予している雑誌は売上に無関係である。
A所蔵冊数の削減
 2003年に日本図書館協会と日本書籍出版協会による共同調査を実施している。その結果によ
ると,市町村の図書館では,既に1館あたり2~3冊の水準は達成されている。
(5) 図書館の活動による書籍売上への貢献
@新刊の買い支え
 専門書や児童書の出版社からはむしろ評価されている。
A既刊書の客注の促進
 図書館で見て自分で買う。
B次世代の読者育成
 読み聞かせなど全国的に組織的かつ長期間にわたり実施してきた。
(6) 問題の本質
 一般的に図書館の貸出を受ける市民の割合は10%程度であり,本質は国民の90%前後が図書を
購入していないことである。
(7) 社会政策としての図書館
 図書館は学習権の保障,労働者の民度向上,情報格差是正など様々な側面を持つ社会政策的存在と
して発達してきた。昨今では地域の諸課題を解決するための情報拠点としても注目されている。情緒
的感情的,経済的な側面のみ議論が行われ,本来の社会政策的機能が阻害されることがあってはなら
ない。
(8) 当事者は誰か?
 本来この問題は,「図書館」対「権利者」ではなく,「権利者」対「国民」でなければならない。

2.伊藤氏発表「図書館に対する貸出猶予の有効性についての考察(事例研究)」
@公立図書館の選書実態調査
 助言者として関わっている全国公共図書館協議会で,選書体制,リクエストの上限金額,電子書籍
等の調査を行った。3月に調査結果の公表が予定されている。初の全国悉皆調査ではないか。
A図書館に関する出版・報道関係者の発言内容について
 1960年から2017年9月までの57年間の出版・報道関係者が図書館に対して行った発言
(提言・意見)を採取し分類して分析した。1999年から1970年代までに遡り,「無料貸本
屋」という言葉の使い方,選書への異議を唱える発言の初出や変遷,発言者が誰の影響を受けたか
などがわかった。
B図書館に対する貸出猶予の有効性についての考察(事例研究)
 2011年に図書館に対する貸出猶予を求めた作家3人の前後8年間の作品に注目し,作品の図
書館所蔵数の調査,及び大手書店の販売数から全国の推定実売数を調査し,その影響を考察した。
結果として,発言を行った作家の知名度が低い程,図書館の所蔵数を大きく減少させる効果が見ら
れ,一方で推定実売は図書館への販売がない分,作家の実力(創作力,基礎票たる購入読者の多寡)
が試されることも分かった。

3.質問・意見交換
 両者が登壇し,会場から質問を受け付けた。常世田氏へは,権利者側が出すグラフについて(電子
書籍が含まれていない等)や,伊藤氏へは作家3人の図書館への思いについてなど質問があり,意見
としては,図書館と権利者側が対立するのではなく協調するような取り組みはできないかなどがあっ
た。
 その中で,常世田氏は,人間が馬から電車や車と移動手段を変化させたように,人間が情報を得る
という行為は変わらないが,そのための手段としてメディアが変わってゆくのではないか,また,図
書館側は仲間で集まって身内で話しているだけの状態なので,図書館側は出版に貢献しているという
ことをもっと主張すべきである。また市民の問題なので市民が声をあげなければならないという話な
どがあった。
                                                         (文責:河西聖子 精華町役場)