TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2018年度 > / Update: 2019.9.28
日 時:2019年3月9日(土)14:00〜16:30 会 場:大阪市立総合生涯学習センター第7研修室 テーマ:図書館職のライフヒストリー誌を発行して 10年:人物と仕事 発表者:赤瀬 美穂(図書館職の記録研究グループ,甲南大学)ほか 参加者:13名 今年で「図書館職の記録研究グループ」の発足から10年を迎えたことから,これまでの活動 の紹介と報告を行った。以下は概要である。 1.研究グループの目的 (1)記録することの意義 当研究グループの発足の趣旨は,日図研HPに「現代図書館史のなかに司書の自己形成と仕事の 記録を残すことを目的とします」と記載されている。 その意義の一つは,図書館史として記録することの大切さであり,いわゆる個人史・自分史 ではない,司書としての人生と仕事を書き記すことである。 図書館という世界で過ごしてきた軌跡を,自己形成や具体的な仕事内容を詳細に明らかにする ことや,研修・養成の面から,また,図書館の変化にどう対応してきたかなど,現場で仕事を担 ってきた普通の(あるいは無名の)図書館員・司書としての歩みを書き記しておくことは,図書 館史の貴重な史料となる可能性がある。 2000年以降の図書館史研究では,人物への注目・関心が挙げられているが,現場で関わっ た当事者が細部を記録することで,貴重な証言となり,仕事の全体が見えてくる。 個別の図書館の年史等を読むと,編集方針や頁数の制約もあり,実際の業務の細部は省かれて わずか数行で記述されていたり,人物の記録が非常に少なかったりして,隔靴掻痒の思いがする ことがある。どんな仕事やサービスがあったかは記録されていても,誰がどんな見識と熱意を持 ってその業務を始め,どのように行ったかの詳細は不明なことが多いので,長い時間がたてばそ の図書館でも実情はさらにわからなくなるだろうと予想される。 また,図書館史における女性に関する記述の少なさにも驚いた。明治から昭和戦前期までの図 書館は職場も利用者も多くは男性だったので,年史に出てくる記述も閲覧室の利用者の写真も, 図書館長や職員の名前や写真も男性がほとんどで,女性の名前や写真が出てくることは非常に稀 である。 例えば,『図書館人物事典』(2017年9月刊)は,図書館史に名を残した2014年12 月以前の物故者が収録対象であるが,1,421人の収録人物中,女性は名前や略歴から判断し て日本人は57名,外国人が10名ほどで,全体の5%にも満たない人数である。 一方,アメリカの例では,20世紀限定の図書館人100人中28人を占めている。 * “100 of the MOST IMPORTANT LEADERS WE HAD in the 20TH CENTURY," American Libraries, 30(11), 1999. 以上のことから,記録することのもう一つの意義は日本の「図書館史に女性を書きこむ」こと である。 なお,8冊の冊子の著者たちは全員が正規職員として仕事に就いていたが,非正規職員の記録 も今後の研究に託したい課題である。 (2)研究活動と方法 研究グループの成果として,「私と図書館」シリーズを8冊刊行した。方法としては聞き書き やインタビューもあるが,当研究グループでは,当事者自身による書き下ろしを原則とし,発行 後には研究例会で著者自身による発表等を行った。 また,メンバー全員が解題等を分担執筆して,12人の図書館職に関する記録の書誌を1冊刊 行した。 このほかに,メンバーは互いに遠隔地に居住していたため,研究会開催時などに随時集まり, 企画・編集会議を行い,さらに年1〜2回の『記録研グループだより』を発行して近況報告等を 行った。 2.研究成果 (1)最新刊の紹介 『多文化の街トロントの図書館で38年:日本人司書の記録』リリーフェルトまり子著 20 18年6月 著者は結婚により25歳でカナダに移住した後,メトロポリタン・トロント・レファレンス・ラ イブラリー(MTRL)や国際交流基金トロント日本文化センター(JFT)図書館をおもな職場とし た。そこでの仕事内容について,非常に克明に記録している。 また,多文化の街トロントで,著者が移住者だからこそできた多文化サービスの具体的な内容 や,図書館活動のかたわらリーダーシップを発揮した日系コミュニティーとのつながりなども, 面目躍如たるものがある。 著者の人生には何度か転機が訪れるが,目の前にあるチャンスを活かして最善のものを掴みと ってきた女性の気概を感じる記録である。 (2)冊子の著者たちのその後の近況 著者たちは,日々の仕事を丁寧に行うなかでライフワークを意識して見つけ,世界を広げてき た人たちである。 そこに共通するのは,仕事を主体的に行ったからこそ,細部にわたる記憶と記録を保持してお り,それをしっかりと記述していること。全員が海外にも視野を広げて活動していること。図書 館サービスと図書館資料の重要性を深く認識していること。図書館や司書への無理解に対して, 反駁する理論と意志を持っていること。個人的資質として,判断力・決断力があり,やり遂げる パワーに満ちていること。活動のなかで得た人たちとの出会いや繋がりを大切にしていること, などである。 当日の資料として,著者たちから寄せられた近況報告を配布したが,冊子を執筆した当時は一 つの到達点に過ぎず,現在もまだ果てしないライフワークの進行中であることがうかがわれる内 容である。 「執筆者をどのようにして選んだのか」との質問があった。その人物の人となりと仕事の実績 をよく知っている人に依頼しており,当研究グループのメンバー3名も執筆している。 最後に,研究グループの発案者である深井耀子さんが,自分の仕事について当人が書くという 方法をこの本から学んだとのことで,『図書館との半生 読書・思索・智命』(森耕一著 19 93年11月)を紹介した。 また,田口瑛子さんは『アメリカ図書館史に女性を書きこむ』(スザンヌ・ヒルデンブランド 編著・田口瑛子訳 2002年7月)を挙げ,この魅力的なタイトルと内容にふたりとも触発さ れて,日本でも図書館と図書館史研究のなかに,司書の人生と仕事を書きこむことはできないも のかとの思いから,当研究グループを立ち上げたと述べた。 *《エコー》(p.208)も併せてお読みいただけると幸いです。 (文責:赤瀬美穂)