TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2015年度 > / Update: 2016.1.4
この発表では,大阪市立住吉図書館および住之江図書館で実施している「思い出のこし」事業の紹介および,オープンデータ「戦国時代を舞台にした歴史小説:calilリンクつき」(CC BY3.0)についての報告があった。発表者は大阪市立図書館の司書で「思い出のこし」を企画・立案しており,「戦国時代を舞台にした歴史小説:calilリンクつき」は個人的な活動として作成・発表している。
1.1 実施地域(大阪市住吉区・住之江区),および図書館の概要
大阪市住吉区・住之江区は大阪市の南西に位置する行政区である。元々は住吉区として一つの区であったものが1974(昭和49)年東西に分区し,現在の形になった。
住吉区は住吉大社などの古い歴史を持つ寺社が建っており,古くから大阪と泉州・紀州を結ぶ交通の要衝として栄えた地域である。区内はチンチン電車の愛称で親しまれている阪堺電車が走り,上方落語の六代目笑福亭松鶴の住居跡地に建てられた寄席小屋「帝塚山無学」が佇む落ち着いた街である。
住吉区の西側に隣接する住之江区は,江戸時代以降,新田開発のため海面を埋め立てて出来た土地が大部分を占める。戦後は南港地域の開発が行われ,ここには住宅地のほか大阪府咲洲庁舎(旧名称:大阪ワールドトレードセンタービルディング)や大阪国際見本市会場(インテックス大阪)が建設されている。人工島である南港地域と沿岸地域を結ぶ交通機関として,大阪市中量軌道南港ポートタウン線(愛称:ニュートラム)が区内を走る。
大阪市は24区の行政区に1館ずつ図書館を設置しており,住吉・住之江区にはそれぞれ住吉図書館,住之江図書館がある。住吉図書館は1982(昭和57)年に開館し,2008(平成20)年に現在の場所に移転した。住之江図書館の開館は1977(昭和52)年である(両区の人口などのデータは表1の通り)。
表1 住吉・住之江区および図書館の概要1)
:住吉区:住之江区
面積(ku):9.34:20.77
人口総数(人):154,453:123,307
世帯数(世帯):75,153:57,176
図書館:住吉図書館:住之江図書館
所蔵冊数(冊):96,280:72,572
延床面積(u):1667.31:788.53
閲覧室面積(u):869:399
年間貸出冊数(冊):730,608:302,997
1日平均貸出冊数(冊):2,419.2:1,006.6
1.2 思い出のこし」事業の企画・立案
大阪市では中央図書館(西区)を中心とした一体的な運営を基本としているが,「思い出のこし」事業については,2015(平成27)年4月現在,住吉・住之江両図書館の事業として展開している。事業開始年度は住吉区が2013(平成25)年度,住之江区が2014(平成26)年度である。当事業は,市民から各区のまちに関する思い出を聞き取り,図書館で整理・保存・公開を行うものである。
地元で何年も暮らしているような住民と話をしていると,いきいきとした昔の街の様子を語ってもらえることがある。しかし,そうした話を記録化し,残す試みは少ない。そのため,図書館で戦後間もない頃の街の景観がわかる写真や,生活の様子がわかる資料を求められたとしても不十分な対応で終わることも多い。こうした事情が当事業立案の背景にある。
直接のきっかけとなったのは,鹿児島県在住の方から昭和20年代の住吉の街の様子がわかる資料を求められた経験にある。学校史に多少の情報が載っている程度の情報しか見つけられず,しかも鹿児島県下で大阪の小学校史を所蔵している図書館が見つからない。当然回答には不満が残った。こうした問題を解決するためのものとして「思い出のこし」は企画・立案された。
1.3 地域資料の充実
記録される機会には恵まれないが人々の暮らしの様子を掘り起こすきっかけとなるような情報を「思い出のこし」では収集している。例を挙げると以下のようなものがある。
・飲食店などの商店の情報
町内にあったうどん屋さんなど,有名店ではないけれども地域の人たちがよく通った店,スーパーマーケットが台頭する前の商店街や小売市場の様子等についての情報である。立地や屋号だけではなく,各施設の特徴的な情報も集めている。例えば買い物に応じたポイントサービスがあったという情報(実際に小売市場での思い出にこうしたものがある)や,その店ならではの売れ筋の商品といったものである。
・空き地や河川などの様子
戦後,急激に都市化が進んだ地域が多く,失われた自然や開発途中の街の様子がわかるような情報である。堺市との市境で両区の南端を流れる大和川は全国的にも水質の悪い川として有名だが,昭和30年代までは学校の水泳授業が行われていたり,シジミやアサリなどを採って食していたという思い出が寄せられている。南港地域が開発中だった時期には,船に乗って川を下って埋立中の島に上陸し岩ガキを採って食べた,という思い出が寄せられている。
・公園や駄菓子屋など,子どものたまり場の情報
公園は正式な名称よりも,子ども達が親しみを持って呼ぶ愛称の方が馴染まれていることが多い。そうした公園の愛称や,たまり場となっている駄菓子屋さんの情報を集めている。
1.4 収集・整理・公開にあたって
当事業の実施にあたっては,はじめに投稿用紙(A3版,二つ折り)と公開用カード(A4版)を作成した。投稿用紙は当事業のチラシも兼ねており,思い出の内容,場所,おおよその時代,投稿者の生まれ年,投稿者の名前と連絡先を書く欄を設けている。投稿用紙以外の媒体による投稿も受け付けており,新聞の折り込みチラシの裏に思い出を受け付けた事もある。図書館では投稿用紙を館内に設置したほか,職員から来館者に直接声をかけるなどして,思い出の投稿をお願いしている。区内の催事や行事に出かけていって事業の説明をし,投稿を呼びかけることもある。
収集しているのはあくまでも思い出であるため,主観的なものであることが多く,さらには覚え間違いなどもある。そのため,思い出を公開するにあたっては,何らかのフォローをしておく必要があると考えた。昔の住宅地図で場所を確認したり,自治体史等に関連する情報が載っていないかを確認し,そこで得た情報を補足・追加情報として書き足していく作業を行っている。もちろん,個々の思い出は市民一人ひとりが大切に心に持っているものであり,調査・検証されるべきものではない。補足・追加情報は思い出の中身を検証するためのものでなく,思い出に関連する話題を提供することを主眼において付与している。
この補足・追加情報の付与は古い住宅地図,自治体史,議会関連資料,インターネット上の情報源など,(特に地域資料関連の)レファレンスと同じ手法で調査しており,図書館資料を駆使することが重要になってくる。そういった点で「思い出のこし」事業は図書館ならではの取り組みともいえる。
こうして収集した思い出とそれに対して作成した補足・追加情報を,共に公開用カードに記載し,現在各館内にて公開している。
1.5 反響
住吉図書館での「思い出のこし」事業は2013(平成25)年4月に事業開始し,そのおよそ半年後の同年10月に補足・追加情報の付与を完了した104件の思い出を公開した。住之江図書館では2014(平成26)年5月に事業開始し,同年10月に補足・追加情報の付与を完了した68件の思い出を公開した。
公開にあたっては図書館の広報紙等のほか,大阪市立図書館のHP,ツイッターで告知をおこなった。特にツイッターでの告知では,閲覧者によるRTやツイートのまとめサイト「Togetter」でのまとめが反響としてあらわれた。2015(平成27)年1月の時点で,住之江図書館での「思い出のこし」公開時につぶやいたツイートをまとめたサイトへの閲覧数は1,560件,住吉図書館でのまとめサイトの閲覧数が613件となっている2)。
また,2015(平成27)年1月からは,当事業を知った住之江区内の介護老人保健施設からの申し出を受け,当施設の来所者や入所者に対して思い出の聞き取りを行っている。これにより,戦前・戦中期の思い出が充実しつつある。
そのほか,2015年1月には埼玉県入間市議会の会派視察を受け入れたほか,研究例会発表後になるが,朝日新聞大阪版(2015年5月27日付朝刊)に事業を紹介する記事が掲載されている。
2.1 概要
「戦国時代を舞台にした歴史小説:calilリンクつき」(以下「戦国…」とする)は,発表者が個人(gangantoshokan名義)で作成し,オープンデータ活用支援プラットフォーム「Linkdata.org」4)にアップロードした歴史小説を紹介するデータである。戦国時代から江戸初期(大坂の陣前後)までの歴史上の出来事や人物を項目として,それらを題材とした小説のタイトル等と図書館蔵書検索サイト「Calil」での検索結果ページへのリンクが付されている。2014(平成26)年11月17日にクリエイティブ・コモンズ表示3.0非移植(CC BY3.0)のライセンスをもって,300件以上のデータを公開した。
2.2.きっかけ
発表者が本データを作成したのは,京都府立図書館の司書による自主学習グループ「ししょまろはん」が作成した「京都が出てくる本のデータ」5)(2012年2月24日公開,以下「京都が…」とする)に刺激を受けたことがきっかけである。図書館関係者によってオープンデータが作成されることは現在ではまだ珍しいものの,今後,こうした試みが増えると考え,できるだけ早い時期に作成のノウハウをつかんでおきたいという思いがあった。題材となるデータについては,もともと戦国時代を舞台にした歴史小説が好きであったため,このジャンルを選んだ。
作成にあたって想定したデータの利用層は歴史小説が好きな人,(戦国時代の史跡や人物を題材に)地域振興を考えている人,アフィリエイトでの活用を考えている人,図書館ユーザーである。
2.3 内容
本データは,「出来事・人物名」「発生年(生年)」「終了年(没年)」「位置データ(経度・緯度)」「出来事に関する簡単な説明」「WikipediaへのリンクURL」といった出来事・人物に関するデータと,「著者名」「作品名」「収録書名」「Calilの検索結果へのリンクURL」「ISBN」といった作品に関するデータで構成されている。
これらのうち,位置データは全国各地の城や戦場跡,墓所等の史跡に付与しており,これらに所縁のある小説を引き出すことができる。また,閲覧者が馴染のない出来事について簡単な知識を得られるようにWikipediaの関連項目のリンクや,当方で作成した説明も載せている。
収録書名はデータ作成時点でできるだけ入手可能なものを優先しており,ISBNもそれに合わせたものを掲載している。
Calilのリンクを掲載したのは,各地の図書館ユーザーが任意の図書館での所蔵を確認できることに考慮したからである。著者と作品名,あるいは収録図書名で検索した結果のURLをそのまま使用している。
2.4 展開
個人で行っているということもあり,データ更新について積極的に行うつもりはなかったが,スマートフォンアプリ「ご当地なび」の開発元の方から「京都が…」とデータを融合してほしいとの申し出を受け,「京都が…」に合わせる形でデータを再構成した(「京都が出てくる本のデータと戦国時代を舞台にした歴史小説」6))。これによって「京都が…」にある著者名の典拠URIが追加されている。さらに今後考えられる雑誌記事の情報追加に備えて,発行年月日や巻号,ISSNの項目をデータに追加した。
本データの作成に当たっては,先述のとおりオープンデータ作成のノウハウをつかむための練習の意味合いがあった。こうしたデータを作る時は,「何をテーマにするか」が重要になってくるだろう。「戦国…」は地域にある史跡から関連する歴史小説を参照することができる。「京都が…」も京都の様々な場所に所縁のある作品を知ることができる。こうした地域の掘り起しに繋がるテーマを設定することで,新たな本との出会いを提供することができるようになると考えている。今後,個人・団体を問わず,こうしたオリジナリティのあるオープンデータが作成され,様々な場面で活用されるようになるだろうし,そうなることを願っている。
注・引用文献
1)平成24年12月1日現在の大阪市推計人口及び『大阪市立図書館年報』(平成25年度)より作成
2)「大阪市立図書館公式@oml_tweetによる市立住之江図書館の「思い出のこし」ご紹介!過去・現在の街の様子を未来に伝える,図書館の新しい取り組み」〈http://togetter.com/li/730134〉
「住吉図書館の「思い出のこし」〜まちについての思い出を,図書館で残すプロジェクト〜館内で公開しています」〈http://togetter.com/li/575111〉
(いずれも引用日:2015―11―11)なお,引用日の時点で住之江図書館分の閲覧数は1,862,住吉図書館分の閲覧数は882となっている。
3)〈http://linkdata.org/work/rdf1s2256i〉(引用日:2015―11―11)
4)〈http://linkdata.org/〉(引用日:2015−11−11)
5)〈http://linkdata.org/work/rdf1s1294i〉(引用日:2015―11―11)
6)〈http://linkdata.org/work/rdf1s2552i〉(引用日:2015―11―11)
(記録文責:相宗大督 大阪市立住之江図書館)