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日本図書館研究会研究例会(第293回)報告


日時:
2012年10月13日(土)14:00〜16:00
会場:
大阪市立総合生涯学習センター第5研修室
発表者 :
田口瑛子氏(京都精華大学名誉教授)
テーマ :
図書館職の記録研究グループからの中間報告:
図書館職のライフ・ライティング『ゾイア!…』をめぐって
参加者:
9名

1.はじめに

 図書館職の記録研究グループは,これまでも長年の司書の経験を個人的な生活と共に記録し,報告として出版してきている。「シリーズ私と図書館」は5号まで発行されており,豊後レイコ氏の『レファレンス・CIE・アメリカンセンター・司書講習』及び『あるライブラリアンの記録・補遺 写真と資料で綴る長崎・大阪CIE図書館から大阪ACC図書館初期まで』,北野康子氏の『図書館職と東南アジア:地域研究情報資源,シニアボランティア,カンボジア』,山田伸枝氏の『ネパールと私,そして図書館:青年海外協力隊,シニア海外ボランティア,多文化社会』,伊藤昭治氏の『現場からの図書館学:私の図書館人生を顧みて』がある。

 こうした1人のライブラリアンのライフ・ヒストリーを記録することの意義は何か,ということを考える時,いずれの報告もその時代,その地域の図書館と司書としての生き方が伝わることがあると思う。司書として生きた図書館や仕事そのものへの思いを記録として残せるライブラリアンはそう多くはない。しかしこうした記録を読むことで,私たちはまだまだ知らない図書館があったこと,図書館サービスが進展してきたこと,図書館への熱い思いを支えに「闘う司書」がいることを知ることができる。今回の報告は,そうした「闘う司書」であり,普通の女性としての生活や感性を大切に生きたゾイア・ホーンの記録の翻訳から,ライフ・ライティングの意義を問うものであった.

2.『ゾイア!』と翻訳について

 『ゾイア!:ゾイア・ホーン回顧録,知る権利を求めて闘う図書館員』(京都図書館情報学研究会,2012)については,平形ひろみ氏による新刊紹介が「図書館界」64巻5号に掲載されたので,ここでは詳しい内容は述べない。報告も本書の構成やゾイアの年譜を元にしたものであった。本書は394ページに及ぶものであるが,翻訳には約2年掛かったとのことだった。翻訳で苦労するのは,本筋とはあまり関係のない瑣末な点などだが,訳すからにはきちんと調べなければならないことだという。

 ゾイアの生き方には,その労力を超える魅力があったのだと思う。ゾイアが刑務所に入れられたことは,「知る権利」を守る司書としての信念を貫いたからである。『ゾイア!』はこの「知的自由」と向き合い,それを守ることの困難に立ち向かった,1人の司書の記録でもある。ゾイアの自由と公平性を貫く姿勢は,マイノリティ民族としての様々な経験によるものかも知れないという分析をされていた。その強さに反して,司書として利用者と接する時のゾイアは,穏やかで繊細な女性であることを伺わせ,この仕事への深い思いも伝わる。知的自由委員会で『ザ・スピーカー』を巡るJ・クラグ等との対立/葛藤は,赤裸々に記録されており,緊張感のあるサスペンス映画のようでさえある。その意味で,本書は1人の司書の目を通して語られたアメリカ図書館界の「知る権利」の歴史の重要な1コマでもある。

 なお,報告では,川崎良孝・安里のり子・高鍬裕樹著『図書館員と知的自由:管轄領域,方針,事件,歴史』(京都図書館情報学研究会,2011)の第5章のゾイア・ホーン事件も合わせて読むと理解しやすいことが紹介された。

3.ライフ・ライティングの意義

 司書としてのライフ・ライティングについて,女性の方が個人の生活が仕事と密接に関連して語られる,との指摘が興味深かった。結婚や子育て,家族との関係がうまくいっている時と,そうでない時のストレスや離婚の経緯,体調を崩したことなども正直に書かれている。

 ライフ・ヒストリーやエスノメソドロジーは,なかなか研究として認められない。個人の報告に過ぎず,科学的根拠がないという批判も良く聞く。それは反面,「読み物としてもおもしろい」という特色を備えているともいえる。それだけ,一つのことに情熱を傾けて生きた人の語りには,共感性があり伝える力がある。1人の司書がどのように考え,生きたかを記録として残すことは,その時代の図書館を知ること,そこから改めて現在を見直すこと,そして未来へのヒントを見いだすことに繋がる作業ではないだろうか。

(文責:川ア千加 大阪女学院大学・短期大学)