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日本図書館研究会研究例会(第283回)報告


日時:
2011年9月10日(土)17:30〜19:30
会場:
関西学院大学梅田キャンパス1405教室
発表者 :
湯浅俊彦氏(立命館大学)
テーマ :
日本における電子書籍に関する図書館政策の動向
参加者:
30名

1. アマゾン,アップル,グーグルの動向

 2007年11月,Amazon.comはデータ通信機能を内蔵した読書専用端末である「Kindle」を米国において発売した。当初9万タイトルのKindle版電子書籍を準備し,2009年2月の後継機「Kindle2」発売時には23万タイトル,2010年1月には41万タイトルをラインアップし,さらにベストセラー本の多くを9.99ドルの廉価で提供するなど,日本国内では考えられないほど急速な市場拡大策を続けた。

 またAppleは米国で2010年4月,日本では5月にタブレット型端末「iPad」を発売し,「iBookStore」による電子書籍の販売を開始した。これはiPodと音楽ダウンロードサービス「iTunes」の電子書籍版であり,音楽で起こったCDから配信への流れが書籍にも起こり得ることを予見させた。

 さらにGoogleは米国で2010年12月,英国において2011年10月から「Google eBookstore」を開始し,「Kindle」,「iPad」,パソコンなどデバイスに制約されない電子書籍サービスを展開した。グーグルで検索されなければ存在しないことになりかねないネットの世界が,本の世界にも押し寄せてきたといえるだろう。

2. 電子書籍をめぐる国の図書館政策

2.1 「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(三省懇)

 このような米国発の企業による電子書籍流通のプラットフォームが世界的規模で展開する動向に対し危機感を深めた日本政府は,2010年3月,経済産業省,総務省,文部科学省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(以下,三省懇)を設置した。そして早くも6月には「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告」をまとめた。

 この報告書において,図書館における電子出版に係る公共サービスについて,次のような2つの「具体的施策の方向性とアクションプラン」が示された(p.59)。

(1)図書館による貸与については様々な考え方があるが,今後関係者により進められる図書館による電子出版に係る公共サービスの具体的な運用方法に係る検討に資するよう,米国等の先行事例の調査,図書館や出版物のつくり手,売り手等の連携による必要な実証実験等を実施。
(2)こうした取組について国が側面支援。

 また国立国会図書館については「国立国会図書館における出版物のデジタル保存に係る取組を継続・拡充していく必要」(p.57)とされたのである。

2.2 「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」(文化庁)

 これを受けて文部科学省として取り組むべき具体的な施策の実現に向け2010年12月,「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」が「デジタル・ネットワーク社会における図書館と公共サービスの在り方」を検討事項のトップに掲げて文化庁に設置された。

 つまり電子出版ビジネスと公共図書館サービスの共存を図り,著作権者の利益を保護しつつ,国民に対する「知のインフラ」の環境整備をどのように行っていくかという課題を著作権者・出版者や図書館関係者らが集まって協議したのである。

 そして2011年8月26日,まとめが公表された。その内容は以下の3つの内容,条件が法令等によって適切に担保されるのであれば,当該サービスの実施にあたり,著作権法の権利制限規定の創設により対応することが適当であると考えられるというものである。

(1)「送信先の限定」(公立図書館,大学図書館)
(2)「送信データの利用方法の制限」(プリントアウト不可)
(3)「対象出版物の限定」(市場における入手が困難な出版物等)

 9月26日にパブリックコメント(意見公募手続き)受付を開始,10月14日提出期限としている。著作権法改正に向けたこの合意は,公衆送信権によって著作者の許諾なくデジタルデータを送信することができなかった図書館にとって,大きな課題を一つクリアしたと言えるだろう。

2.3 知的財産戦略本部のコンテンツ強化専門調査会と「知的財産推進計画2011」(内閣府)

 文化庁の検討会議とほぼ同時期に,内閣府の知的財産戦略本部のコンテンツ強化専門調査会では,国立国会図書館の1968年刊行までのデジタル化資料の公共図書館への送信について検討し,その結論は「知的財産推進計画2011」として公表された。

 そこでは政府の施策として「我が国の知的インフラ整備の観点から,国立国会図書館が有する過去の紙媒体の出版物のデジタル・アーカイブの活用を推進する。具体的には,民間ビジネスへの圧迫を避けつつ,公立図書館による館内閲覧や,インターネットを通じた外部への提供を進めるため,関係者の合意によるルール設定といった取組を支援する。(短期)(文部科学省,経済産業省,総務省)」と記述された。

 また,「国立国会図書館への電子納本を可能にするため,例えば,電子書籍として市場で配信されたものは,館内閲覧に限るというルール設定の検討をはじめとした取組を支援する。(短期)(文部科学省,経済産業省,総務省)」と,電子納本制度について「知的財産推進計画2011」に取り入れられた意義は大きい。

3. 結論−電子書籍時代の図書館の役割

 紙幅の都合で国立国会図書館の納本制度審議会や資料デジタル化及び利用に係る関係者協議会,さらに経済産業省や文部科学省が取り組んでいるデジタル教科書に関する施策についてここでは割愛するが,世界的規模での電子出版ビジネスの進展は図書館のあり方を大きく変えることは疑いえない。私は国の費用によってデジタル・アーカイブを構築し,出版社によるコンテンツの再生産を阻害せず,むしろ支援するような新しいしくみを確立することが最も重要な方向性であろうと考えている。図書館の役割である資料の体系化と信頼性のある情報提供・情報生産,資料の長期保存は,電子書籍時代においてもきわめて重要であると言えよう。

(記録文責:湯浅俊彦)