TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2009年度 > / Update: 2009.9.15
日本における医療・健康情報の提供は、まだ発展途上にあるとはいえ、近年、医療・健康情報提供サービスを実施する図書館が徐々にではあるが増えてきている。
病院図書室や患者図書室においては、1995年以降、日本医療機能評価機構が評価項目に、「図書室機能」を加えたことにより、病院内の図書室の設置は進んできたものの、2005年時点でも何らかの図書館機能を備えている病院は20%弱という報告もある。また、これらの図書室においても特にこの評価が司書の配置や資料費、図書館機能の充実をもたらすものではなく、関係者のボランティア的な努力に負うところも大きいという(注1)。一方で、患者図書室としての機能の充実を図る病院図書室や地域貢献が求められるようになった大学附属図書館が一般市民へのサービスとして、医療情報の提供を行うケースも出てきている(注2)
。一方、公共図書館では、レファレンスサービスの規定事項として、医療や健康情報は回答を制限、あるいは慎重にすべき項目とされてきた所も多い。しかし、2004年頃からその流れも変化してきた。
平成17年に公表された「地域の情報ハブとしての図書館(課題解決型の図書館を目指して)」(注3)(図書館をハブとしたネットワークの在り方に関する研究会)では、景気の低迷、競争社会、雇用慣行の変化、自己責任原則の流れのなかで、専門的知識・技能の習得や、組織に依存しない自立を目指した個人の学習意欲が高まっているとし、「自立した個人の育成と公共心を共有する市民社会を効率的・効果的に実現していくこと」が公共図書館の役割であると位置づけている。そこで、個人の自立化支援の1つとして「医療関連情報提供」を上げ、医療情報だけでなく、健康や予防、「介護・年金」制度まで含めた日常的な課題解決のための情報の収集、提供、さらにインフォームド・コンセントを確立していく上での多種多様で、専門的な情報が必要であるとされた。
常世田氏はこれらの背景も抑えながら、アメリカにおけるセカンドオピニオンや医師と患者の対等な議論ができるほどのインフォームドコンセントにおける専門的な情報の提供などを紹介された。日本でも自己決定、自己責任が問われる社会となったが、そのための判断材料となるべき情報提供ができる環境は十分とは言えない。しかし、貸出サービスの影になりがちではあったが、公立図書館でも何らかの形で健康情報や医療情報を提供することはあったとし、「医療情報提供サービス」といった明確な名称を付けて、図書館が行っているサービスとしてアピールすべきことを提案された。人々の健康志向、正確な医学医療情報へのニーズは高く、専門家や関連する機関との連携を図るためにも、組織的なサービスとして位置づけることが必要であり、身近な所で、信頼のできる情報が提供できる点においても、図書館が行って意義があるサービスである点も強調された。
今回の発表では、浦安市立図書館が実施している市内の公立病院のベッドサイドに本を届ける「病院サービス」の事例も紹介され、医療や看護、闘病、退院後の生活も視野に入れた健康情報などへの高いニーズがあること、闘病記をはじめ図書館の資料が治療や退院に向けての「前向きに精神状態を醸成する」効果もあることを報告された。その上で、公共図書館における医学健康情報提供の意義として次の6点をあげた。
これらを図書館が行う意義は、図書館自体が最も多くの市民が利用する公共施設であること、それ故に多くの市民がどこに行けば良いかも知っており、どんな人がそこにいて、どんなサービスを提供してくれるかがわかりやすいという利点を挙げられた。
このような医療・健康情報を提供してゆく上で、重要なこととして、医学系の専門図書館や大学附属図書館との連携・協力を積極的に推進することを提案された。医学系図書館司書(病院図書室や患者図書室など)の専門的かつ多様な健康医療情報の提供や、日本医学図書館協会、近畿病院図書室協議会、日本看護図書館協会、全国患者図書サービス連絡会、JLA健康情報サービス研究会などの団体でも相談ができることが紹介された。公立図書館が新たにこのサービスを実施する際には、こうした他機関の協力を得ることで、多くの情報を得られ、より充実したサービスが展開できる。また、一館だけで実施するには、医学書が高価である点なども考慮し、近隣図書館同士が協力し、地域全体での健康医療情報の提供を目指すべきとの提案もなされた。
今回は、医学図書館や今から医療情報提供サービスを実施したいと考えておられる公立図書館の方々が多く参加され、その関心の高さが伺えた。常世田氏は現在の図書館の危機的状況に一石を投じる意味でも、新たなサービスの展開をできるところから着手すべきであることを強調された。また、医療情報の提供は国の政策でもあり、平成18年6月23日に施行された「がん対策基本法」においても癌に関する情報を収集・提供する必要が述べられており、図書館がその拠点となり得る可能性も示唆された。現在、進められている国立がんセンターとJLAとの連携など、興味深い動向も報告され、自己責任型社会であるからこそ、個人の情報要求に応える図書館の真価が問われていることが実感された。
(記録文責:川崎千加 大阪女学院大学・短期大学)