TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2008年度 > / Update: 2008.7.9
日本図書館研究会ではほぼ毎月1回のペースで「研究例会」を開催しているが、そのうちの1回を評議員会の日程に合わせた「特別研究例会」にあてている。今回は、公共図書館における行政サービスをテーマとして、開催した。
行政サービスは、図書館法制定以来多くの図書館で行われており、日野市が独立したサービスポイントとして市政図書室を開設したのも1977年にさかのぼる。すなわち、一定の経験を蓄積している活動であり、最近になって新たに創造されたものではない。それにもかかわらず今回あえてこのテーマを取り上げるのは、地方行政と図書館が置かれた状況の中で、今日的意義を見出したからである。
地方分権の流れの中で、自治体行政は主体的な力量の向上を要請されており、行政機関各部署の活動に役だつさまざまな資料・情報を提供する公立図書館の役割は重要度を増している。また、『これからの図書館像−地域を支える情報拠点をめざして』(2006)では、課題解決型の新しいサービスとして、ビジネス支援等と並んで「行政支援サービス」をあげており、そうした新たなサービスの一例ととらえなおすこともできよう。
一方、指定管理者制度に代表される図書館運営の多様化が進行している今日、行政との信頼関係を築き、図書館の重要性をアピールしていくことも、切実な課題である。図書館からの資料・情報の提供によって、行政部局からこうした問題に関する理解を獲得し、交渉場面の拡大を図るという道を開く可能性もさぐることができよう。
公立図書館による行政サービスには問題がないわけではない。地方議会図書室との関係。また、行政部局ごとのエゴ・仕事の差し回しと図書館サービスをいかに峻別するかといった問題などがある。さらに、住民側資料を収集し、それを行政側に提供することも同様の業務の一環であろうが、そうした資料に関する信頼性・公刊性、公平性などにも意が用いられる必要があるであろう。逆に、行政サービスのために収集した行政資料に関する、住民側からの情報公開的利用要求とその提供サービス、これらも大切な課題であり、住民における利用機会の保障という点にもその問題は及ぶであろう。
今回のテーマは公共図書館を対象としているが、大学図書館その他の館種にも、設置機関との関係において同様のステージがある。学内行政部局への資料サービス問題である。ある面で共通の問題意識のもとに、この発表をとらえていただけることを期待したい。
今回は、二人の発表者をお迎えした。日本図書館協会事務局次長の常世田良さんには、「図書館の街・浦安」の館長時代における経験も踏まえ、広く国内外を見渡しての行政サービスの全体像を整理し、問題点を明らかにしていただく。引き続いて網浜聖子さんには、自身が携わられた鳥取県庁内図書室の取り組みについて、紹介をいただく。なお網浜さんは先月、図書館本館の郷土資料課長に異動しておられる。最後に、常世田良さんに、この問題の一応のまとめをしていただく。こうした形をとる。以上が、テーマ設定の趣旨である。
行政サービスは、市民へのサービスと同じように行政にサービスしていくという面もあるが、あらためて全体的に考察すると、なかなか奥が深い。また、社会の変化に伴ってその位置づけが変わってきているという点でも興味深く、本日はそうした点にも焦点をあてたい。なお、行政サービスは、他の図書館サービスと同じく、独立して存在しているわけではない。他のサービスと密接な連関を持っている点は留意が必要である。
行政サービスの内容は、以下に列挙するように、多岐に渡る。
社会の変化、図書館活動の変化を反映して、行政サービスのあり方には、以下にあげるようないくつかのタイプ、段階が考えられる。各タイプは完全に独立したものではなく、他の要素も当然包含される。
行政サービスの実施を通じて、以下の諸点が期待できる。
図書館にとって、一般利用者が「消費者」、友の会などが「友人」だとすると、行政職員は「身内」といえよう。行政サービスにおける個々のサービスは、一般的なサービスと大きく異なるものではないが、図書館とサービス対象の「関係」が一般市民とは異なることから、やや違った様相を帯びてくる。同一行政内の業務であることから、一般市民と図書館との法令上の契約的な関係とは、若干違いがある。
資料が戻らない、時間外の対応、守秘義務の問題など、特有の問題点もある。行政内部での情報の疎通と図書館利用との関係は、「図書館の自由」とも関連する問題である。
全国の公立図書館の職員構成を調べてみると、約60%で正規職員の司書は0〜1名であり、多くの一般行政職員が配属されている。そうした図書館では、ことさら図書館サービスとして位置づけることなく、行政マン同士の身内意識の中で行なわれる行政部局間での情報交換として、「サービス」が行なわれていると推測される。そうしたやり方には問題点もあり、あらためて「行政サービス」を明確に位置づけて整理することが必要と思われる。
行政サービスは、最近生まれたものではない。ほとんどの図書館では一般的な市民へのサービスの中で市民へのサービスと同様に行なわれているものと思われる。しかし児童サービスや障害者サービスなどと同様に、サービス対象の特性を明確化することにより、サービスの質と効率を向上させることが可能となるという点についても検討すべきであろう。
発表者は、平成17年10月に開設された鳥取県・県庁内図書室に準備段階から関与し、19年3月まで担当司書をつとめた。本発表では、同図書室の概要、開設の経緯、今後のサービス計画等を報告する。
地方分権、地域自立の進展に伴い、職員自らが主体的に施策の企画立案を行う機会が増えている。県庁内に職員対象の図書室を設置した最大の目的は、そうした地方行政の変化に対応できるよう、職員の業務達成に有効な情報の収集・活用を支援・促進することである。また、職員が普段から担当業務以外にも幅広い知識・情報を得ることによる、県職員としての基本的な資質の向上を促すことも目的の一つである。
職員が必要とする情報の提供:サービスの中心はレファレンスサービスである。職員からの求めに応じて、政策形成等に必要な情報を調査・収集して提供している。一般向けのレファレンスと比べると、答が出るところまで司書がつきあうということが多くなるのが特徴である。また、職員自らが情報収集を行うことができる環境を提供している。具体的には、参考図書や各種データベースの提供、庁内LAN上での情報提供等である。レファレンス事例も庁内LAN上で公開している。
職員に対する情報発信:県政の重要課題等に関するテーマごとに図書リストを作成し、職員に読書提案を行っている。また、テーマごとに企画展示を図書室内で実施している。テーマは、県政のマニフェストに関わるもの、地域資源に関わる情報、個人のスキルアップに関わるもの、から各1テーマを選び、計3テーマを並行してとりあげている。テーマによっては、関係部局に相談しながら進める場合もある。
職員の情報活用能力の向上支援:職員の情報活用に関する意識改革を図るための情報活用研修会を、自治研修所との連携により、平成18年度から開催している。その他、図書やインターネットなどにわたる効果的な情報検索方法について、日常的に指導・助言を行っている。
職員の図書利用の促進:県立図書館所蔵資料を、県庁内図書室で貸出、返却できる。また、企画展示等とも連動させて、職員への図書紹介(職員のおすすめ図書なども)、新刊情報提供などを行っている。
県庁内の資料の組織化:各部課が保有または作成する資料情報のデータベース化を図る。例えば、庁内にある逐次刊行物のデータベースは作成済である。全庁的に共同利用が可能な資料について、図書室を中心とした共有化を図る。
県庁総務部総務課内の組織として、本庁舎2階に設置している。一方で県立図書館の分室としても位置づけており、独自購入した資料も含め、資料はすべて図書館の資料という位置づけである。また、資料展示等には本館所蔵資料を活用している。システム環境としては、図書館システム端末1台と庁内LAN用端末1台(開設時。現在は2台)を整備した。
開室は8:30〜18:30(事前に連絡があれば、時間外の対応も行っている)であり、担当司書2名(正規職員はうち1名)が時差出勤で運営している。昼休憩や執務終了後の若干の時間も開室することで、眼前の業務に直結しない学習活動等にも利用してもらえる。サービス内容は、閲覧、複写、貸出、検索、レファレンス、情報提供、研修講座等である。貸出は県立図書館の利用者カードを使用しており、個人単位で対応している(組織単位に貸し出すことはしていない)。出先機関の職員に対しては、受付は県庁内図書室で行い、資料は県立図書館の物流システムを利用して配送、出先機関の最寄りの図書館で受け取ってもらう形をとっている。
上述の企画展示のほか、幹部職員や担当司書等の推薦本、地元作家や鳥取ゆかりの作品等、各種参考図書、雑誌、新聞、自己啓発本などを常設展示している。約50平米のスペースで、常設資料は約1,300冊である。これらの資料は固定したストックではなく、順次入れ替えを行うフローのものである。年間100万円の資料購入費で、新刊書も随時導入している。レファレンス対応の資料は、隣接する県立図書館から毎日、担当司書が搬送している。家具は木製の特注品(地元の産品)で、空間の心地よさにも気を配っている。
新聞記事情報、雑誌・論文情報、法律情報、企業・人物情報等の各種情報検索用データベースも提供している。
鳥取県立図書館では平成14年以降、県内大学図書館等との相互協力協定締結やビジネス支援サービスの立ち上げ、県立高校への資料提供など、新たな試みを展開しつつあった。一方、県庁の総務部総務課では平成15年に、職員を対象とする図書室の設置に関する検討を開始していた。この時点では、庁舎上層階への設置を予定し、どちらかというと「福利厚生」的色彩の強い計画であった。
平成16年、県庁総務課単独ではなく、県立図書館と協力して事業化を行うこととなった。これは、平成14年以来の県立図書館の様々な活動がその存在感を認められたという結果だと認識している。また県立図書館としても、政策立案が全体的に向上すれば間接的に県民サービスに資するということ、さらには図書館が政策立案に貢献できるということを示すよいアピールになると考え、積極的に協力することとなった。
具体的には、双方から1名ずつの担当者で先進図書館(東京都立中央図書館、国立国会図書館支部図書館)の視察、その他先行例の調査、機能の概要検討、予算・組織要求(司書1名)などに取り組んだ。この際、本庁舎と県立図書館が隣接しているという条件下で、あえて本庁舎内に小規模な図書室を置くということの必要性を疑問視する声もあった。しかし、庁舎内に職員向けのレファレンス窓口を設けることは重要であり、予算・組織要求はそこに絞って行った。一方で県立図書館との隣接を最大限に活用し、県庁内図書室には多くの本は置かず、必要なものは随時県立図書館から運んでくるという体制を考えた。
平成17年4月に担当司書(網浜)が総務部総務課に異動し、準備期間を経て、同年10月に開室となった。半年の準備期間、担当司書は直接的な準備以外に、庁内の幹部会議等に頻繁に陪席を行った。行政サービスを行っていくうえで、現在の政策上の問題点や意思決定の姿などに接することが必要だろうという、上司の判断によるものである。
なお開室にあたっては、その前日に片山善博知事(当時)から全職員に、地方分権時代の県政の「知の拠点」としての図書室開設とその積極的利用を訴える電子メールが送られている。
平成19年度のレファレンス依頼は911件、文献取り寄せ依頼は428件で、いずれも17年度の開設から年々増加している。なお、業務に必要な文献取り寄せに関わる費用(コピー代、送料等)は現在のところ図書室で負担している。
レファレンス事例は多岐にわたるが、やはり法令に関するものが多い。また、地域資料に関するものも予想以上に多く、県立図書館や県内市町村図書館に問い合わせる場合もある。レベルは、比較的回答が容易なものから、相当の調査を要するものまでさまざまである。目的にも、県民からの問い合わせを確認するというレベルから、予算要求や長期的政策立案の資料というレベルまで、幅がある。
図書室の活動が実際にどれだけ役立っているかを、明確に判断するのは難しい。レファレンス回答にしてもそれが最終的にどのような成果に結実したかは、容易に把握できないからである。しかし、調査した内容が、何ヶ月も経ってから新聞発表や条例提案などに反映されて、成果を知る場合も多い。また、庁舎内に図書室があって司書が常駐していることは、図書館が当初考えていた以上に、職員にとって「敷居が低い」「気軽に利用できる」という感覚が強いようである。県立図書館が隣接しているとはいえ、執務時間内に庁舎を離れること、県民に開かれているレファレンスデスクを県職員が使うことには一定の抵抗感がある。最終的には、職員が政策立案等にあたって図書館機能を利用することが当たり前になればよい。将来的に図書館利用が職員に深く根付けば、進んで県立図書館の各種機能を利用するようになり、県庁内図書室の発展的解消ということも考えられなくはない。そこに至る道程として、現状では目に見える窓口を置き、図書館利用を体得してもらう必要がある。
平成20年1月、利用状況アンケート調査を行った(回答約530名)。その結果、利用者像は、「図書室利用派」(図書室をこれまでにも頻繁に利用している層。約48%)、「ネット利用派」(インターネット上の情報や職場の資料に頼っている層。約36%)、「ルーチン派」(業務のルーチン性などから積極的な情報収集活動を行っていない層。約16%)の3類型に分けられそうである。また、図書室を使ったことのある人の満足度は90%以上とかなり高く、まずは一度でも使ってもらうことが重要である。
今後の具体的なサービス計画としては、レファレンス事例の発信(全てではなく厳選して)、レファレンスサービス体験談の作成、利用者同士で情報交換できる掲示板等の設置、自治研修所との連携(階層別研修への出前図書館など)、業務改革推進リーダーへの研修実施、などを考えている。こうした取り組みにより、利用者層をさらに拡大していきたい。
(記録文責 渡邊隆弘)