TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2006年度 > / Update: 2006.11.7
今回の発表は,天谷氏が実際に全国各地の図書館に足を運び,インタビュー調査によって収集された多くの情報や資料を基に,1970年代以降の図書館振興策を振り返り,現代の公立図書館の活動について,文部科学省の『社会教育活性化21世紀プラン』との関連から検証を加えたものであった。
滋賀県の事例を中心に,公立図書館がどのように地域と市民の中に浸透してきたか,その図書館が現在置かれている厳しい現状と同時に,個性的で地域に密着したサービスを展開する図書館の活動が紹介された。
1963年の『中小都市における公共図書館の運営』,1970年の『市民の図書館』刊行など,この時代に日本の公立図書館振興策は大きく進展した。
滋賀県では1980年に県立図書館が大津市瀬田に新設移転し,滋賀県立図書館振興対策委員会が『図書館振興に関する提言』をまとめた。この委員会の特別委員であった前川恒雄氏を県立図書館の館長に招聘し,当時全国順位の下から2番目であった市町村図書館振興策が推進されてきた。特に「図書館は人材だ」という発想から,市町村図書館の館長には全国から有能な図書館人を集め,専門職制度の整備を図り,全国有数の図書館サービスを展開してきた。また,図書館によるまちづくり,人的ネットワークの構築など,現在の滋賀県の図書館活動の基盤が造られた活気に満ちた時期であった。
次に,文部科学省の『社会教育活性化21世紀プラン』で採択された図書館関係のプラン(2004年度10件,2005年度新規事業2件)の特色について紹介された。この事業は社会教育の活性化を目的とし,課題解決型の先駆的なモデルに対し,予算的な補助を行うものである。天谷氏はこの事業を受託している図書館を訪ね,地域の図書館としての現状と課題などを取材された。地域が抱える高齢化,産業の活性化,子どもたちの食生活,教育,文化の継承などの課題に対し,図書館が講演会やセミナーを開催したり,資料や情報の収集・整備・提供を行い,まさに地域の中に図書館が飛び込んで,住民自らが課題を解決していける力を持つ支援を展開していることが報告された。
図書館のサービスは,人々の社会生活と強く関わってこそ住民に支持される社会的基盤となる。昨今は新聞などでも良きにつけ悪しきにつけ,図書館の話題が取り上げられることが増えたと思う。それだけ,人々の日常に浸透しており,身近な公的機関として定着してきていると考えられる。
例会では雑誌『世界』などでも取り上げられた能登川町立図書館の実例や『毎日新聞』滋賀版に連載された「図書館の旗を」などを紹介された。メディアで図書館がどう伝えられているかを知ることで,図書館の活動を正確に伝える必要性や,図書館に求められている役割を再認識することができる。
図書館の活動を資料的研究だけではなく,実際のインタビュー調査,メディアの報道など多面的に詳細に検証された報告であった。現在図書館界で起こっている指定管理者制度,業務委託,予算削減などによるサービスの質の変化,それらと関わる司書の専門性といった様々な問題も指摘された。
図書館が資料や情報,人と人とのつながりを提供することによって,一人一人が生きる力を支援するという基本軸を守り続ける意義とその困難さをあらためて感じた。その軸を守るためにも,専門職としての司書職をいかに維持し,正規職員の司書によるサービスがなぜ必要かを明確に述べることができる力を図書館が持つことが求められる。そのためには“司書の専門性を正当に評価する数値以外の評価”が必要であるとする指摘は印象深かった。
終了後,活発な意見交換も行われ,出席者はそれぞれ「図書館とは何か」「司書の専門性とは何か」という根源的な問題に立ち返る機会を得たと思う。
(文責:川崎千加 羽衣国際大学学術情報センター)