TOP > 大会・研究会等 > 研究例会 > 2005年度 > / Update: 2006.1.23
従来,視覚障害者用録音図書は,その製作においてオープンテープやカセットテープを用いてきた。しかしこれらテープは致命的な問題をもつ。それは劣化に伴う音質の低下が避けられず,永久保存に耐えられないこと,しおりを付けたり,検索ができず,目的のページへ容易に移動できないことである。このため,テープに代わるシステムの研究開発とその導入が待たれていた。DAISYはこうした背景のなかで生まれたものである。日本においてDAISYが導入されたのは1998年であるが,行政の後押しもあって着実に普及している。またDAISYの改良は断続的に行なわれており,デジタル録音システムであることから,視覚障害者のみならず,読書をはじめ情報入手に障害のある人々の読書環境を改善する可能性をももち,新たな取り組みへの期待も寄せられている。
研究例会では,DAISY開発と実用化の沿革を辿り,日本におけるDAISYの現状,マルチメディアDAISYと海外の障害者サービスの動向,視覚障害者等障害者への図書館サービスの今日的課題について述べた。
DAISYの開発は1990年スウェーデンで着手された。その再生機の開発は1993年日本で取り組まれる。1996年には,日本,スウェーデン,イギリス,スイス,オランダ,スペインの6ヶ国によるDAISYコンソーシアムが結成され,次世代録音図書の標準規格として世界的に開発していくことを確認する。DAISY再生機の完成と発売は1998年で,これを機に名古屋盲人情報文化センターではDAISY録音図書の貸出を開始した。この年,ボランティアグループ「ロバの会」(京都)が高島屋通信販売カタログのDAISY化に着手。全国視覚障害者情報提供施設協会と提携したDAISY図書製作のための講習会も開催されるようになる。
こうした中,1998年から2001年にかけ,厚生省補正予算事業として全国約100ヶ所の視覚障害者情報提供施設へ2度のDAISY製作システムの貸与と製作講習会の開催,2,580タイトルのDAISY録音図書,601タイトルのデジタル法令集の配布,各都道府県へDAISY再生用機器(約8,000台)の貸与が行なわれ,その普及に拍車をかけた。2004年には,日本点字図書館と日本ライトハウスが共同でデジタル録音データ配信サービスを開始し,ここにきて録音図書はネットワーク化時代を迎える。
DAISYの貸出は着実に増加していて,その一方でカセットテープによる図書の貸出は減少傾向をみせている。「平成14年度全国視覚障害者情報提供施設実態調査報告」によれば,2002年度,全国の視覚障害者情報提供施設では174,521タイトルのDAISY図書が貸出されている。カセットテープの貸出数は395,521タイトルで,数的にはカセットテープはDAISYの約2.2倍の貸出数になる。しかし前年の数を比較すると,カセットは約21,000タイトルの減であるのに対し,DAISYは前年比で20,000タイトルの増加をみせており,DAISYの普及を如実に表す数と言える。現に20の館において,カセットテープよりもDAISYの貸出が上回っている。
下の表は,わが国最大の視覚障害者情報提供施設である日本点字図書館における4年間のDAISYとカセットテープの貸出数を示したものである。カセットテープは,65,000タイトル前後で増減しているのに対し,DAISYは毎年着実な増加を示していることがわかる。
表は省略。『界』本文をご参照ください。
DAISYは,W3Cの標準技術であるHTML,静止画や動画,テキストや音声を同期させる言語であるSMILをその仕様に取り入れており,マルチメディア化させることができる。マルチメディア化したDAISY図書は,音声にテキストおよび画像をシンクロさせられることから,ユーザーは音声を聞きながらハイライトされたテキストを読み,同じ画面上で絵をみることも可能となる。このため,DAISYは視覚障害者のほかに学習障害,知的障害,精神障害の方にとっても有効であることが国際的に広く認められるようになった。実際,アメリカやスウェーデンの録音図書館などでは,ディスレクシアへの録音図書の提供が行なわれている。2001年,正準会員約40ヶ国で構成されるようになったDAISYコンソーシアムは,理事会においてDAISYの略語の変更を決定した。これにより,DAISY(Digital Audio‐based Information SYstem)はDAISY(Digital Accessible Information SYstem)となった。DAISYを含めた録音図書のデジタル化とネットワーク化は海外においても活発に取り組まれている。
DAISY開発とその普及に先駆的な役割を果たしてきたスウェーデンでは,TPB(Talboks‐ och punktskrifts biblioteket,国立録音点字図書館)が中心機関となって事業を展開している。サービス対象者は,館の発展的歴史の中で,点字使用者のみから視覚障害者,重度身体障害者,読書に障害のある人へと拡大してきた。DAISYに関してTPBでは,2001年から2004年までDAISYキャンペーンを展開した。その目的は,DAISY録音図書への移行を促進すること,地方自治体や関連する政府機関に対し,デジタル録音図書の再生機器やコンピュータの購入に力を入れるよう促すことの2点にあった。そこで,すべての所蔵録音図書をDAISY化し,2005年からはDAISY等のデジタル録音図書のみを貸出すことを目標とした。またプロジェクトとして,TPBとレーン図書館で録音図書の代替配信システムを試験的に実施した。これは,TPBが録音図書をブロードバンドで配信し,レーン図書館が必要なタイトルだけダウンロードしてCD‐Rに焼き,利用者へ提供するものである。"streaming talking books"と題して,ダウンロードせずに直接インターネットから聴く形の試験も行なっている。
DAISYでは後発となった米国でも,議会図書館の1機関であるNLS(National Library Service for the Blind and Physically Handicapped),RFBD(Recording for the Blind and Dyslexic)で取り組まれている。このうち,NLSは2002年5月,デジタル録音図書計画に関する進捗報告書を発表した。これによれば,2004年から最新タイトルのデジタルフォーマットでの製作を開始すること,アナログからデジタルへのコンバートを2008年の4月までに完了させ,約2万タイトルの録音図書をデジタルフォーマットで利用できるようにするとしている。
RFBDは,視覚障害・知覚障害・身体障害により通常の印刷物を読むことができない人に対して録音資料を提供する民間機関である。利用には登録料と年会費が必要であるが,NLSが製作しない教科書や教育的資料などを製作していること,またNLSがサービス対象としない知覚障害者,特にディスレクシアへのサービスに力を入れていることから,利用者も多い。2004年度には,137,025人に241,281冊の録音図書を届けたと報告している。
日本では,スウェーデンで試みられているブロードバンドを利用した録音図書の配信サービス"streaming talking books"に似た事業も,2004年4月から日本点字図書館と日本ライトハウスによって開始された。「ビブリオネット」がそれである。こうした状況をみると,日本におけるDAISYの普及は,これを導入している先進国と同レベルにあるとも言えるかもしれない。合わせて,視覚障害者の読書環境の向上に確かな成果を収めているようでもある。とはいえ,解決せねばならない課題もまだあり,それを筆者は次の3点に置いている。(1)図書製作(デジタル化)を含む情報提供システム(ネットワーク)の新たな構築,(2)公共図書館を中心とするマルチメディアDAISYの普及,(3)著作権問題。(1)は,点字・録音図書の書誌データ,点字図書データにDAISY化された録音図書を含む全国的なネットワークシステムの構築を指す。(2)について,全国的な実態は明らかにされていないが,東京の場合「東京の障害者サービス2004」は,DAISY導入館を回答館231館中,都立2館を含む24自治体29館と報告している。これからしても,遅々たることがわかる。(3)は,著作権法37条3項を公共図書館等録音図書製作機関へ拡大させる必要があることを意味する。同時に録音図書・Eテキスト・マルチメディアDAISY図書提供における「公衆送信権」問題の解消もなされなければならない。
(文責:立花明彦)