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日本図書館研究会研究例会(第226回)報告


日時:
2005年4月26日(火) 19:00〜21:00
会場:
大阪市立弁天町市民学習センター
発表者 :
直井勝(滝野町図書館)
テーマ :
地域に根づく図書館をめざして
参加者:
15名

 40年前,司書としてスタートを切った大阪市立図書館で利用者に「さようなら」と声を掛けたところ「気持ち悪い」と言われた。後でそう言った利用者に話を聞くと,図書館の職員に挨拶をされたことなど初めてだったそうである。その後,カウンターでは何が何でも挨拶をするようにした。
 そして約30年後,滝野町に来た。町の人に開かれた図書館にしたいと思い,町の人に「図書館に来てや!」と声を掛けたところ,「そんな恐ろしい所に行けるか」という言葉が返ってきた。
 時を経た二つの言葉に「図書館はまだまだ変わっていない」との思いを強くする。今,図書館界では「貸出はもういい」と貸出を軽んじ,もっと重要なことがあるように言われるが,図書館は40年前とそれ程変わっていない。40年前の課題は今も同様に課題である。まだまだ貸出が大切である。

兵庫県滝野町は中国山脈の端に位置する人口11,700人,広さ18平方キロメートル(うち農地25%,県立公園20%)の小さな町である。
 町には独自の教育委員会がなく,近隣の3つの町からなる郡の教育委員会の管轄であるが,学校教育に重きを置いており,社会教育は町に任せきりの状態である。
 滝野町図書館は満9歳。平成16年度の貸出冊数は24万冊。全国の同規模自治体の中でもトップクラスである(注)。
 蔵書10万冊,職員数6人,図書費1千万円(ここ最近この額を保っている),登録者は6千人(周囲の自治体利用者も含む)である。
 直井さんが大阪市を辞め,滝野町に行ったのは開館する一年前。滝野の言葉で言う「らく」な図書館をめざした。つまりは,「町全体にその気になってもらうことをする」「皆に開かれた図書館,恐ろしい所でない図書館をつくる」ということである。
 そこで明確な組織目標を定めた。(1)資料提供に全力投球。(これが出来ないようなら他に何もするな。)(2)カウンターサービス,フロアーサービスを大切に。の2点である。

開館当初はマニュアルを作らず,カウンターローテーションも組まなかった。資料提供を豊かにする為に(1)「ニコニコ顔でカウンターサービス」が図書館活動の基本,(2)フロアーでのウロウロ歩きは大切な仕事,(3)メモ活動で創造的な職場を,の3点を実行することにした。
 まずはニコニコ顔でカウンター,これが案外難しい。仕事に対する喜びがないとニコニコできない。カウンターで利用者の暮らしが見えることがある。それが働く喜びとなる。しかしニコニコの押し売りはいけない。利用者に付かず離れず,指導する立場ではないことを肝に銘じておく必要がある。
カウンターにはどんなに暇な時でも二人,忙しい土日は三人つく。カウンターに他の仕事を持ち込むと利用者に対し「来てくれるな。」と思ってしまう。開館当初,カウンターのローテーションを組まなかったのは,カウンターサービスが一番大切な仕事であり,そこから何かを学んでほしかったためである。
 次にフロアーでのウロウロ歩き。フロアーに出るため書架整頓を徹底することにした。そのおかげで書架は常に整っており,見学者に褒められる。利用が多く忙しい上でのことなのでそう言われることを誇りに思う。なお,職員が本を立ち読みすることは認めている。図書館員が本を知るために本を手に取る回数を多くすることは良いことだと考える。
 ウロウロ歩きは刺激的である。利用者と資料と「図書館の自由」を身近に感ずる。小さな町なので,「図書館の自由に関する宣言」の「図書館は利用者の秘密を守る」ことについては十分留意し,住民が安心して図書館を利用できるように努めている。
 また,資料案内,図書館案内はもちろんのことだが,事情が許せばフロアーでお話会を始めることもある。
 最後にメモを取る,これが一番難しかった。気づいたことを何でもメモするということなのであるが,図書館員としての意識がないと気づくことができないのである。「館長はよくメモを取るなあ」と他の職員に言われたことがある。図書館は何をする所なのかが分かっていないとメモが取れない。そこで毎週金曜日の仕事後,勉強会を始めた。始めはおしゃべりの延長だったが,次第にテキストを使うようになった。勉強会の成果は日常業務に役立っている。
 例えば,ある日,警察から図書館の利用カードを預かっているので連絡先を教えてくれと電話があった。勉強会で「図書館の自由」について学んでいた職員は「こちらから連絡するのでカードの番号を教えてください」と対応し,更に翌日「本当は,警察に取りに行って利用者に連絡するのが一番良かったのですよね」と言ってきた。職員の成長を実感した。
 また警察が顔写真を持って捜査の裏付けを取りに図書館に来たこともある。応対した職員は簡単に答えてはいけないことは分かったが,適当な言葉が見付からず尋ねてきた。そこで「図書館は資料提供をする場だ。人を管理する所じゃない」と答えた。  メモを取ることは業務日誌に行き着いた。日誌に職員が書いたことに対しコメントを書き,その内容を館内会議で討議し,予算要求の際にも使う。

地域の図書館として,地域の情報に責任を持つべきである。その思いから子供たちが自分の故郷を知ることができる資料を二冊,教師や地方史家を巻き込み三年かけて作成した。
 また,『心に残る一言』『ぼくと私のなまえ物語』『あの日あの歌この思い』『いろんなありがとう』等の文集を作った。町長から作成を持ちかけられた時は,図書館の仕事ではないかもしれないと思ったが,町がそのようなものを作ることに異議はないので引き受けた。
 しかし考えてみると,図書館は,貸出をすることにより「知ること」を保障し,場所の提供により「討議する機会」を提供する。それに加えて,「意見を言うこと」を支える役割もあってもいいのかなと思うようになった。
 つまり,「知って,考えて表現できる図書館作り」の「表現できる」ことを支えるため,ということであれば,これも図書館の仕事ではないかと思う。
 各々の文集は,「町の人皆が言いたいことを素直に言える町が良い町だ」という理念のもと,「優劣をつける賞は設けない」「投稿されたものは全て掲載する」ことを貫いた。書いた人には無料で二冊ずつ配った。一冊は本人のため,もう一冊は周囲の人に自慢してもらうために。「家族が仲良くなった」「疎遠であった近所の人たちが身近な存在に感じた」などの反応があった。
 また,滝野町図書館五周年記念文集『うっとこの図書館』の刊行も行った。こちらも理念は先の文集と同じである。これを読むと滝野町図書館がいかに町民に親しまれているか分かる。文章の代わりに職員や絵本の絵を描いた子ども。図書館を見合いの場所に使う裏技を披露する人。町長,図書館職員の文章も載っている。ここでは図書館と住民が響きあっている。お互いの顔が見える図書館であることがよく伝わってくる。

地域に根づき住民に応援してもらわなければ現在の図書館の状況は打破できない。 つまり,(1)図書館は利用される中で育つものである,(2)どこまで行っても「貸出」が大切である,(3)「井の中の蛙」にならないための研修が必要である,ということを今,思う。

(文責:村林麻紀 八尾市立図書館)

注:
『図書館年鑑2004』(日本図書館協会図書館年鑑編集委員会 日本図書館協会 2004)によると,人口1万5千未満の町村のうち館外個人貸出数は全国で6位である。