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《座標》
『図書館界』61巻5号 (Jan., 2010)

図書館は誰のもの?

〜『図書館員の倫理綱領』30周年に寄せて〜

松井 一郎

 昨年4月,入職以来28年間在籍した図書館から異動し,目下は本庁勤務である。この間約9ヶ月,図書館を外から見る立場となって今後に活かせることも多々あるとは言え,やはり少々寂しい。  時期を同じくして本会理事にご推薦いただき,お引受けしたものの,持ち回りの「座標」担当が新年号,それも大きな節目の350号となってしまった。稀な機会であるから「より前向きなものを」と思うが,やや辛口の話になる点,ご容赦いただきたい。

 図書館員が本を読むのは当然であるし,様々な手段で読書をすることは,おそらく平均的な社会人よりも頻繁であろう。また,決して勧めるわけではないが,買って読んだ本を次々と図書館に寄贈したり,自分の時間とお金をかけて古書店で絶版本を探し出し予約に応える等,この職固有の醍醐味を噛みしめつつ業務に勤しむ図書館員も多いと聞く。

 さて,図書館員ではなくなった小生,「市内在勤者」として予約の活用を思い立ち『1Q84』を比較的早い時期に読んだ。もっとも,図書館を異動したから予約が出来るのではなく,現役の図書館員も「市民」「市内在勤者」として利用している実態が,本市に限らず多くの図書館で存在する。前述の図書館員とは逆の例とも言えるが,かくいう小生も他館蔵書を取り寄せたし,購入してもらった経験もある。

 しかし,そもそも蔵書は図書館員にとって「商売道具」である。言わば店の商品に手を付けるようなことがあって良いのだろうか。また,見計らい購入の際,趣味等自分にとって魅力的な本を偶然にも目の前にしたとき,あくまで図書館員として購入の可否を検討してきたと,自信を持って言い切れるであろうか。

 証券会社の社員が,一般投資家よりも早く情報を入手出来る地位を利用して利益を得たため「インサイダー取引」として社会から厳しく批判されたことがあるが,これと同様のことと思えてならない。

 お金に絡むか否か,或いは金額の多寡が問題ではなく,そもそも図書館員が「市民」「市内在勤者」としての権利を行使するのは,言わば「インサイダー利用」にあたるのではないかということである。

 「程度の問題」とする向きもあるだろう。また,いずれにせよ図書館員には本を読むことが推奨されるべきであると,まずこのことの重要性を説かれる場合もあると思われる。そこで今一度確認したいのが,今年2010年で制定30周年を迎える『図書館員の倫理綱領』(以下,綱領)である。

 綱領は「『図書館の自由に関する宣言』によって示された図書館の社会的責任を自覚し,自らの職責を遂行していくための図書館員としての自律的規範」に始まり,図書館員個人の倫理規定から,組織の一員として社会に果たすべき図書館員の任務に及ぶ全12項目で構成されている。このうち第4では「図書館員は図書館の自由を守り,資料の収集,保存および提供に努める」とし「個人的な関心や好みによる資料の収集・提供をしてはならない」「私的報酬や個人的利益を求めて,資料の収集・提供を行ってはならない」とある。

 しかし,例えば蔵書管理の立場にいると,市民から求められる分野と図書館員個人の関心ある分野が重なる場合も多いし,カウンター業務では返却本の中から好みの本を見出すことも業務量次第で可能かも知れない。綱領がこれらをどこまで想定したかは不明だが「誘惑に負けてはならない」「蔵書もサービスもあくまで市民のものだ」といった一文も必要ではないか。それほど魅力的なものを市民に提供することが図書館業務なのであり,それ故に個人の自覚だけでなく職場の規律として全ての図書館と館員に覚悟を求めることが,綱領制定の目的と思う。

 現実に,大阪府下の某市では図書館員による予約を禁じており,貸出も勤務終了後と決められ,これが館内常識として定着している。また,職員の予約を市民の後に回るようシステム変更している図書館もある。企業が新商品PRの一環で懸賞付クイズを出す際「当社の関係者は応募出来ません」との表記をよく見かけるが,同様の宣言を社会に対して行うことも,本のプロ集団として必要と思うが,皆さんはどう思われるであろうか。

(まつい いちろう 理事・枚方市役所)