TOP > 『図書館界』 > 59巻 > 6号 > 座標 / Update: 2008.3.11
明治時代は,日本が国家の制度から日常の生活様式に至るまで,急速に西欧化を推し進めた時代である。国家意思として,士農工商の身分制度を解消し,義務教育を導入,古代神話を教育し,国民教育のもとに徴兵制の導入,読み書きのできる兵員と労働力の大量確保を画した。神道を統制,天皇を中心としたナショナリズムの形成を推進し近代国家建設へと猛進した。もっとも,ここでの身分制度廃止には,「日本人の境界」という陰影が隠されていた。
ここで,日本人の識字率向上への歩みは遅々としたものであった。明治6年創設の小学校入学者は28.13%,同10年で39.88%,同20年45.00%に過ぎず,明治37年に至ってようやく男女共に90%の就学率に達する。強力な中央政府のもとで,産業勃興を推進し,当時の国家財政の4年分以上にのぼる日清戦争賠償金の一部を基金に授業料を廃止し,就学率は飛躍的に上昇をした。
教育制度の普及は近代産業勃興の中で,学歴による差別をもたらしたが,人々は「よい学歴からよい職業」へと社会的上昇の機会と職業階層の上昇志向を強く持った。
こうした時代にあって,西洋社会の知識の導入は喫緊の国家課題であった。この時代は西洋の知識の「輸入」において,当時の日本語の語彙に存在しない多くの概念を新語として誕生をさせている。
造語法には次の3通りがある。日本語に西洋語に対応する概念が存在しないため,日本語を新たに造語した新造語。例:philosophy(哲学),science(科学),individual(個人)など。
同じく対応する概念が散在しないので,欧米人宣教師などの中国語訳を漢訳洋書や英華辞典等から借用した借用語。例:adventure(冒険),telegram(電報)。
第三は日本語に存在する類義語に新しい意味を付加して転用した転用語である。例:century(世紀),right(権利),common sence(常識)。これらの日本語の言葉の追加導入を経て,明治国家は日本語を使用した西洋概念の教育体制を整備し,富国強兵の道を進んだ。
今,翻って最近の図書館,図書館情報学関係の用語の状況を考えてみたい。
周辺の情報環境は,「ボ−ダレス化」の中で「Web2.0」や「Library 2.0」が取り上げられ,「情報リテラシー教育・獲得」の必要性は初等・中等教育から,高等教育,果ては生涯学習振興にまで及び,「e‐Learning」,「ディスタンスラーニング」が提唱・開発されてきた。
図書館研修の一部では「システムズライブラリアン」や「デジタルレファレンス」,「バーチャルレファレンス」が語られ,「Webアーカイビング」や「機関リポジトリ」の必要性が課題とされている。
資料組織の分野では,「メタデータ」,「概念モデリング」,「エンコーディング・フォーマット」,「セマンティックWeb」,「オントロジー」,「統合ポータル」,「データマイニング」,「オープンソース」,「オープンアクセス」などの言葉が頻出する。図書館活動評価では,「パフォーマンス指標」や「コアコンピタンス」,「アウトカム評価」などの「ガイドライン」が紹介,導入されつつある。
図書館の役割,存在価値は,「ナレッジマネジメント」へ向かい,「ラーニング・コモンズ」の構築が必要とされる。
ここにある現象は明らかに,日本語の概念世界の豊かな拡張が対象社会現象の進展に追いついていない現状である。表層での言語表記が漢語,和語である必要性は必ずしもないが,カタカナ表記の氾濫の影に,新規概念の吟味を得ていない用語の輪舞の存在を思うのは危惧であろうか。
概念の上滑りは,「モードの消費」であり,時代の同伴者でなければよいが,との懸念をふと抱く昨今である。
折しも,日本図書館情報学会編『図書館情報学用語辞典 第3版』(丸善,2007.12)が刊行された。私たちはどのような「用語」と出合うのであろうか。
不易流行の意味を今再び考えてみたい。
(きた かついち 大阪市立大学)