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《コラム http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/nal/》
『図書館界』50巻6号 (March 1999)

InternetからInter-People-Networkへ

村岡 和彦

1996年、ジュリアス・レスターとジェリー・ピンクニーというアメリカ黒人児童書のゴールデン・コンビが『ちびくろサンボ』のリメイクをアメリカで刊行して話題になった。この作品は、日本でも翌年に『おしゃれなサムとバターになったトラ』として翻訳刊行されている。Time誌が『ちびくろサンボ』のリメイクという観点から話題にしていたが、出版社は「インターネットが生んだ作品」というキャッチコピーをこの作品には用意していた。

レスターによれば今回の共作のきっかけは、ピンクニーが『サンボ』のリメイクをするそうだという伝聞がインターネット上の電子会議室に書き込まれてあったことだった。だが、それだけで「インターネットが生んだ作品」と持ち上げるのはどうにも落ち着かない。少なくともこの二人は1970年代の初めから四半世紀にわたって何作もの共作をおこなってきている。インターネットがなくてもこの共作はいずれは実現したと考えるのが自然だ。

ただレスターがこの本の献辞に以下のように書き付けているのは注目しておいてよいだろう。

"To the Internet and those on rec.arts.book.children and Child.Lit"
日本語版では、名詞を羅列して「に関わる人々」と補った誤訳になっていたが、"rec.arts.book.children"と"Child.Lit"はそれぞれインターネット上の会議室の名称である。レスターはそれらの会議室の発言者達にこの作品を捧げている。

レスターは、とりわけ"Child.Lit"で1994年から断続的に続いていた『サンボ』をめぐるネット上の論議を読んでおり、自ら発言をいくつかしてもいる。もちろん長い作家歴を持つレスターであれば、創作の基本にあるのは自らの経験と内面の世界にほかならないが、インターネットというコミュニケーション・ツールが、その「経験」の中に非常に多くの未知の他者との相互的なセッションを組み込むことを可能にしたとは言えるだろう。ここでは、著者と読者との関係が従来とは大きく変わり、情報流通がフラットになってきた。つまり、発信者と受信者が直接つながり、また発信←→受信の関係も相互的になりうる状況ができてきている。

一方、昨年暮れ、埼玉県と岡山県が記者発表資料をほぼそのままインターネットで発信するとして話題を呼んだ。これは双方向性は不十分であるにしても情報流通がフラットになる事例である。新聞各社は、従来の記者クラブを通じての発信ルートの全否定かと色めきたったという。たしかに発信者とエンドユーザーが直接つながれるなら、「社会の木鐸」(情報の媒介・編集者)としての存在意義が問いなおされる。この点では図書館も似た状況にある。

アメリカでの行政情報発信の状況については、"The Digital State 1998"(URL:http://www.pff.org/digital98.html)があるが、これはインターネットを通じての公開を当然の前提として各州の評価を行っている。最近では毎年行われている公共図書館でのインターネット利用調査によれば、73%の図書館が利用者用のインターネット端末を置いているが(URL:http://www.nclis.gov/what/survey98.pdf)、「未だ不十分」という評価さえ下されている。社会生活 の基本をなす行政情報が、豊富に、当然のように公開され、またそれが当然のようにインターネット上にある。公共図書館がそれをフォローするのは当然ではあるだろう。その際キーになっているのは、「電子情報貧者」を作らないという立場であり、「ユニバーサル・サービス」という本来は電話業界で使われていた概念である。

公私にわたる情報流通・コミュニケーションの基盤がインターネットによって変わって来ている。日米の落差は未だあるにしても、豊富な(あるいは過剰な)情報やコミュニケーションがネットを通じて行き交うという現実はもはや変わらない。こうした「大きな波に(過不足なく)乗る」ことが求められるが、悲しいことに、そのためには「大きな波」の中に入らねばならない。ひとつだけ言えることは、"Inter"は「〜の間」を意味する接頭辞だが、コミュニケーション・ツールである以上、"Inter-Net"と言っても"Inter-People-Network"に他ならないということである。その意味では、それほどおぞましいものでもない だろうし、同時に過剰に信用するべきものでもない。それだけなのだ。      

(むらおか かずひこ 大阪市立中央図書館)