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読書調査研究グループの歴史

−資料収集と利用の現実についての科学的な把握作業をテーマに−

利用者の資料要求に徹底的にこたえるためには,利用者が何を求めているかを具体的に知らねばならない。古い選択論でも,利用者のこと,利用される資料のこと,また潜在的要求のことなどが,選択の重要な要因であると語られていた。しかしその多くは憶測であったり,古い文献に基づいたものであったり,外国事情の紹介であったりした。またそこで語られている事柄が実際調べてみると,必ずしも正確ではないこともあった。
読書調査研究グループが問題意識を持ったのも,これらの事柄について,実証的データを提示し正確な主張をするためであった。

1 発足

読書調査研究グループの発足当時は住民各層の読書傾向を研究対象にした。下記を『界』各号に発表した。1979年,大学生の読書傾向を調査した「現代学生の読書に関する考察」(『界』31(2)),1980年,「主婦の読書生活と図書館利用」(『界』32(3)),1981年,サラリーマンの読書内容を調べた「日本の公共図書館でビジネス・ライブラリーは成り立つか」(『界』33(3)),1982年,中学生の読書調査「中学生の読書調査からみた公共図書館ヤングアダルトコーナーの問題点」(『界』34(3)),1983年,「女子短大生の読書と図書館利用」(『界』35(3))。これらは,いずれも非来館者も含めた調査であった。
今から考えると未熟な調査であったが,それでも大学生の読む本はかなり個別化されていること,図書館の蔵書でそれらがほとんどカバーできていることがわかった。ビジネスマンはビジネス関係の図書があれば読みたいのだが,図書館では手に入らないと感じていることもわかった。
これらの調査は,潜在的な要求を知る上で参考になったが,そこからは収集方針の変更にまでつながる指針までは見いだせなかった。
だが,これらの調査で来館者と非来館者の読書傾向にそんなに違いのないこともわかった。
よく住民の20%に過ぎない来館者の要求にこたえることは,80%の非来館者の要求を切っていることだ,といった机上論的な批判もあるが,予約を重視し,住民の声を資料収集に取り入れている最近の図書館ならば,資料要求にそんなに違いはないように思えた。
そこで,私たちのグループでは,力不足もあって,背伸びして掌握しきれない調査をするよりも,今は来館者をターゲットにして図書館運営を改善し,まず来館者に十分満足してもらうことが先決だと思った。すなわち20%の登録者を30%〜40%にしていくことが必要に思えた。
そのために,図書館の資料がどのような使われ方をしているか,利用状況を調査・分析することにした。

2 資料要求の調査

利用状況から利用者の資料要求をしらべたものとしては,神戸市立中央図書館での利用実態の分析がある。
効率のよい蔵書構成をつくるために,1983年には「公立図書館における大規模開架と貸出図書の分析」(『界』35(4)),1984年には利用者に読まれない本を買わないために「大規模開架の公立図書館において,一度も借りられなかった本の分析」(『界』36(3)),開架制度を維持するために,1987年には「公立図書館における図書の紛失に関する研究」(『界』39(3)),いろいろな切り口から蔵書構成を考えるために,1985年には「公立図書館における蔵書構成の調整」(『界』37(3))などを調査し報告した。
この一連の調査は,限られた予算とスペースの中で利用者の要求にこたえる必要のある公立図書館にとっては有効な示唆を与えるものであったと思う。またその後いろいろな図書館でこのような利用実態の調査が行われることを期待しての試案でもあった。2割の蔵書で5割の貸出を支えている実態は,コア・コレクションの必要性を訴え,注目を集めた。

3 資料選択

その後,研究グループでは1988年に「資料選択についての公立図書館員の意識調査」(『界』40(2))を発表した。これは1987年4月に起こったニセ一万円札事件の犯人,武井遵の著作を児童室の書架から除いた図書館があったことが調査の動機でもあった。こうした除架は普通の図書館員の常識からすれば考えられない処置であるが,行政改革の締め付けでこうした意見が台頭してきているように思えたからである。この調査では図書館によって,職員の資料選択の意識に相当の違いのあることもわかった。これは図書館思想の違いが選択の意識を左右しているように思えた。そしてその集約が,選択論の系譜を考え,「1970年以降の公立図書館選択論」(『現代の図書選択理論(論集・図書館学研究の歩み 9)』日外アソシエーツ 1989)を書く動機ともなっ た。

4 予約制度

選択論の系譜を調べているうちに,予約制度について「一部の利用者だけのものになっている」とか「蔵書構成に歪みを生ずる」「図書館の主体性を欠いた,利用者への安易な迎合である」などといった予約制度の認識のおかしさも痛感した。そこで予約図書について詳細な分析を行った。1989年には「利用者の資料要求の分析」(『界』40(5)),1990年には「予約図書を早く提供するために」(『界』42(2))を発表した。
その結果,予約図書は多様であり,また予約するのは常連だけではないことが判った。
また,予約図書提供の実態を調べ,提供日数の違いをもたらす要因,予約に早くこたえるために複本の購入の重要性を提言した。
こうした利用図書の分析と共に,利用者の利用実態の分析も重要であることがわかってきた。そして1989年から図書館利用者の特徴を調べるようになった。「成人の読書と図書館利用の実態」(『界』41(2))では利用者は書店と図書館をどの様に使い分けているか,有職者を図書館にひきつけるには何が大切か,図書館の常連にするための条件などを考察した。
また視聴覚資料の利用についても,1993年,どのような層にどのように使われているかをも調べた。「視聴覚資料は若い人たちだけが利用するものではない」(『界』46(2))である。ここで高齢者の利用が多いことを実証した。

5 図書館運営

各層の読書傾向,図書館の利用状況,利用資料の分析,図書館員の選択意識,予約図書の分析と図書館側の対応,図書館利用者の実態などを調べてきた。だが,図書館員側の運営の仕方にも問題点が多いことが判ってきた。同じ経費を使いながら利用量に大きな差があるのは図書館員の運営のまずさからのように思えた。そこで1995年には「資料費は有効に使われているか−公立図書館の効率的運営」(『界』47(2))を発表した。図書館側の運営の仕方について問題はないのか,といった反省の意味からである。
このように読書調査研究グループは1979年以降毎年テーマを決めて調査をし,それを『界』の誌上に発表してきた。
グループの研究方針は徹底して利用者の立場に立つというものであった。いくら図書館員が良いと思うことでも,それが利用者の望むことなのかを図書館員はいつも意識しておく必要があると思っているからである。
それに私たちの論旨は実務者の立場であり机上論ではない。また,そうあらねばならないといった強い思いがある。日常的に利用者からの要望やお叱り,職員間の意見の対立など厳しい状況と向かい合っての研究である。そのため,どちらでもよい,とか,どちらも正しい,といった結論づけの許されない研究である。それだけに「学問」でないと軽んじられることもある。しかし,図書館学は,実務に役立つ理論でなければならないと思っている。これが当研究グループの一貫した研究姿勢である。
グループの研究ではないが,山本昭和の「公立図書館における停滞状況からの脱却について」(『界』42(3)),「子どもの読みたい本と蔵書構成のずれ」(『本をどう選ぶか』pp.192〜206),伊藤昭治「公共図書館における雑誌の位置づけ」(『みんなの図書館』73)。「利用者の要求に応える姿勢で−利用者調査と図書館運営−」(『みんなの図書館』208),「利用者の変化とそれに応えるサービス」(『界』47(3))などがある。これらも一連の研究である。また伊藤昭治・山本昭和編著『本をどう選ぶか−公立図書館の蔵書構成−』(日本図書館研究会 1992)はグループ研究の集大成であると言っていい。

6 まとめ

読書調査研究グループは結成以来18年を過ぎ,またその間,伊藤昭治,加藤ひろの,川崎良孝,河田隆,後藤昌弘,佐藤毅彦,芝勝徳,芝田正夫,竹島昭雄,田間泰子,長谷川雄彦,長谷川文子,深井耀子,前田悦子,三苫正勝,村岡和彦,森耕一,山本昭和,脇坂さおりが入れ替わり参加してきた。
1995年6月刊行の『現代の図書館』33巻2号は選書基準と蔵書構成の特集を組んでいる。その編集後記には「図書選択の蔵書構成は新たな時代を迎えたのかもしれません。そのきっかけはやはり『本をどう選ぶか』ではないでしょうか」と記している。読書調査研究グループの研究成果が,やっと評価されるようになってきたことを喜ぶと共に,資料収集に関して,これからも,収集と利用の現実について,科学的・具体的な把握作業を続けていきたいと思っている。

(伊藤 昭治 『図書館界』48巻4号pp.242-243より)