TOP > 奨励賞 > / Update: 2009.5.17
2008年度の奨励賞対象となる論文等は,『図書館界』の2006年11月から2008年9月に発行されたものに掲載された論文などです。編集委員会からの依頼原稿,シンポジウムやセミナー等での発表をもとにした原稿は除かれます。また,グループ研究を背景とした原稿で執筆者の意見等が表明されていないものも除くこととしてきました。
これらのなかでも,本研究会の理事をはじめとして,図書館活動および図書館学研究において実績を既に相当程度重ねている人たちの原稿は対象外とします。さらに,奨励賞という性格からして,すでに「奨励賞」や「同佳作」を受賞した人たちも,同様に除外してきました。
この結果,6編が今回の審査の対象となりました。
当然のことですが,『図書館界』に掲載された論文等ですから,厳正に選ばれた査読メンバーや編集委員会による慎重な「査読」を受けたものです。研究対象への認識,研究の手法,論文としての構成,立論と適正な結論,などの学術研究雑誌掲載論文の基本的な条件は満足されているわけです。 学術論文として十分すぎるほどに要件を満たしているものを,順位付けすることが,私たち,審査を担当するものに課されていた次第です。
2008年度の審査を担当したものは,私を責任者として全部で4人があたりました。慣例上,その方々のお名前を記録するわけにはゆきませんが,すべての種類の図書館について,学識・経験をお持ちの方ばかりです。
審査は,お互いの審査結果が影響を与え合わないように配慮して進められました。
その結果,『図書館界』第59巻第3号(2007年9月刊行)に掲載された,安田聡さんの「レファレンスサービス12年間の軌跡-豊田市中央図書館での経験から-」を奨励賞授賞論文としました。
この論文は,豊田市中央図書館において,12年間にわたり,執筆者(安田さん)の受け付けた3,777件のレファレンス質問を,丹念に分析し,そこから業務改善につながる具体的提案やサービスのあるべき方向を探ろうとしたものです。その論考は,図書館活動を豊かにするものであり,また,本誌の《現場からの提言》欄にふさわしい内容と展望を備えていると評価できるとしました。
執筆者は,レファレンス業務の実態を分析するにあたり,経年変化・質問者の年齢属性・同じく性別・行政支援のためのレファレンス実態・郷土資料(地域資料)についてのレファレンス質問・レフェラルサービスへの移行状況・ツールとしてのインターネットの有効性の諸点を取り上げています。併せて,その背景となるレファレンス統計の問題点を指摘し,業務改善への示唆を試みています。
先に述べた評価を前提として,いくつかの点を指摘しておくことにします。
レファレンス質問の記録を,蓄積し分析対象として把握するにあたっての問題点についての認識は,「図書館間の共通理解の欠如」(p.208右段)という表現で,多くの文献・情報を背景としていることをうかがわせますが,先行研究の紹介として触れてほしかったところです。
実態分析は6つのトピックのみを取り上げていますが,これらのトピック以外の分析を取り込めば《現場からの提言》を超えた論文へと仕上がっていくだろうと思われます。今後を期待したい点です。
取り上げたトピックのいくつかについて,若干のコメントを加えることとします。
まず,「年齢属性」を正確な統計として把握することの困難さは理解できるのですが,焦点をあてた「小学生・大学生」に関して,小学生からは「児童担当の図書館員は,児童向け資料と併せて成人向け資料に関しても横断的な知識をもつこと」(p.205左段〜右段)の必要性を指摘し,大学生からは「図書館における利用者教育のあり方」(p.206左段)についての課題を提起しています。いずれも「小学生・大学生」といった「年齢属性」をもってのみ考えるべきことではないだろうことを指摘しておきます。一般成人の割合が跳ね上がる2003年において,学生等の割合が極端に小さくなっている点にも「細かい基準」の揺らぎを見取れるところです。高校生・中学生の割合が一貫して低い水準となっている点について利用者数・登録者数との関連をも見ることで,図書館運営全体のなかでのレファレンス業務の位置づけが明らかになるでしょう。
「行政支援としてのレファレンスサービス」というトピックでは,「行政サイドにとって……業務に有用なサービスとしては全く認知されていない」(p.206右段)と評価しています。市役所内の図書室利用状況も決して芳しいものではないとのことであり,図書館業務全般の認知度が低いとされています。これを豊田市中央図書館として,どのように改善していこうとしているのかについての活動報告ないし提案を求めたいところです。「行政支援」というコンセプトは,公的機関としての図書館の役割と機能をアピールする有効な項目であり,それとレファレンス業務の実績を関連させて事業の改善を提起することは重要な視点であると考えています。
郷土資料・地域資料に関するレファレンスの実態についての分析,および,そこから導いている課題等は,的確であると思われます。特に「自治体の情報公開」(p.207左段)と関連させて図書館側の払うべき注意点を指摘している点は,重要です。
レファレンスサービスからレフェラルサービスに移行した件数は,全体の1.7%(p.207右段)と小さいようです。時間と手間のかかる作業にも関わらず「数」が稼げないサービスであり,専任職員数の減少・司書率の低下・カウンター業務の委託といって諸傾向(p.207右段)のなかで提示している懸念は図書館界全体として共有できることでしょう。
最後のトピックである「レファレンスツールとしてのインターネット」については,急速に増えていること,有効性の高いツールとして活用できること,などが有効分野を例示しながら明らかにされています。なかでも,レファレンスサービスを実施するにあたって,図書館員が冊子形態の情報源に頼る要因として,若者を中心として「ネット情報は既に探索済みで,そこで有益な情報源が得られないか上手く探せない場合」(p.208左段)を推測した点は,図書館員の実施する利用者教育の内実と関わりの深い指摘といえます。
豊田市中央図書館は,2002年4月からカウンター業務が委託(p.203左段)されています。
レファレンスは基本的には委託職員が受け付け,回答できない場合にのみ専任職員を呼ぶことに(p.203右段)なっているようです。ここに言う「回答できない場合」が,今回の分析対象とした「即答質問・探索質問・調査質問」(p.204右段)と,どのように対応するのか,など,説明が十分ではないため,「専ら効率性や経済コストの論理によって,図書館業務の切り分け・再編が行われようとしている」(p.209右段)ことへの批判が確実なものとして伝わってこない点は残念なところです。
おわりに,執筆者の提起しているように,「レファレンスサービスの評価に関する研究の一層の洗練化と成熟を期待する」(p.209右段)ために「レファレンスの現場に立つ図書館員が不断の能力と技倆を高め」(p.209右段)ることが,このような《現場からの提言》を積み上げることで実現されることを期待して,授賞の理由とします。
(この報告は『図書館界』61巻1号に掲載)