TOP > 奨励賞 > / Update: 2007.5.3

2006年度図書館研究奨励賞について

図書館研究奨励賞選考委員会
委員長 柴田正美


鞆谷純一さんの論文に決定しました

 2006年度の奨励賞対象となる論文等は,『図書館界』の2004年11月から2006年9月に発行されたものに掲載された20編です。編集委員会からの依頼原稿,シンポジウムやセミナー等での発表をもとにした原稿は除かれます。また,グループ研究を背景とした原稿も除くこととしてきました。

 20編のなかから,本研究会の理事をはじめとして,図書館活動および図書館学研究の「ベテラン」とされる人たちの原稿は対象外とします。さらに,奨励賞という性格からして,すでに「奨励賞」や「同佳作」を受賞した人たちも同様に除外してきました。
 これらの結果,9編が今回の審査の対象となっています。
 当然のことですが,『図書館界』に掲載された論文等ですから,編集委員会による慎重・厳正な「査読」を受けたものです。研究対象への認識,研究の手法,論文としての構成,立論と適正な結論,などの学術研究雑誌掲載論文の基本的な条件は満足されているわけです。
 学術論文として十分すぎるほどに要件を満たしているものを,順位付けすることが,私たち,審査を担当するものに課されていた次第です。

 2006年度の審査には,私を責任者として全部で5人があたりました。慣例上,その方々のお名前を明らかにするわけにはいきませんが,すべての種類の図書館について,学識・経験をお持ちの方ばかりです。2005年度とは一部の方が交代していますので,当然,新たな視点が持ち込まれています。
 審査は,お互いの審査結果が影響を与え合わないように配慮して進められました。
 その結果,『図書館界』第57巻第5号(2006年1月刊行)に掲載された,鞆谷純一さんの「日中戦争下・北京における抗日図書の接収−中華民国新民会の活動を中心に−」を奨励賞授賞論文としました。

 では,どのような論文であるかを,簡単に紹介します。
 1937年12月に,中華民国臨時政府を支える「民衆教化団体」として,日本陸軍の肝いりで成立した「中華民国新民会」は,その宣伝・啓蒙活動の一環として,1938年5月から「抗日図書」の検査と処分に着手しています。
 検査の対象とされたところは,北京国立図書館,華北大学,国立北京大学,師範大学附属中学,北京市立第二中学,市立通俗図書館,北京芸術専科学校,警察局などで,あらゆる館種と書店に及んでいます。
 担当したのは,北京市警察局や日本憲兵隊などであり,封印し,接収しています。鞆谷さんの論文では,警察権力・軍権力をバックに「思想弾圧」をしている様子がうかがわれます。
 当初は「処分方法」の論議のないままに進められ始めたようですが,その多くは「廃棄処分」すなわち「焚書」という形が考えられていたようです。実際に焚書が実行されたかどうか明らかではありませんが,7月頃までに集められた図書について「整理」が始められます。検査の基準も明確でない状態での接収だったので,個々の資料について,少人数による「知的判断」を加え,「禁止方針に抵触しない分」については,返却することも想定されていたようですが,実際は,どうなったのか明らかではありません。精々,戦後の図書館界でも有名な「大佐三四五さん」が,焼却厳封するよりは,「特殊資料として後日の参考資料として保管活用の途」を提起し,一部ずつは残し,目録編纂の用に供したと考えられています。
 これら一連の「整理」は,約10万冊を対象に,1939年末頃まで続けられ,「禁止押収すべきもの」とされた分については『禁止図書目録』などのタイトルをつけて書誌データが公刊されています。これらの目録は,北京以外の地方における抗日図書接収作業において「書誌」として活用されています。
 図書館人は,臨時政府の意を受けた新民会からの指示・通達に従って,各図書館で抗日図書の封印を実行しています。警察権力・軍権力を背景にした「検査」に応じて,図書室の案内,書籍の説明等を行っています。なかには,「書籍文書の没収は効果稀弱であり,人心を刺激する」という疑念を呈した人もいるようですが,時流を変えるところまでの力は持ち得なかったようです。
 以上,述べてきたように,鞆谷さんの論文は,こうした事実や経緯をつまびらかにしています。こうした事実・経緯を明らかにすることの現代的意義を考えてほしいところです。筆者・鞆谷さんは,これを「負の歴史」と感じています。時の政府の意向にそって警察や軍の力を利用しながら,中国民衆の知る権利を奪う行為そのものであり,その事実を直視することが現代につながるものだとしています。
 論文執筆にあたって利用した資料は,日本国内の諸機関が所蔵する新民会の関係資料であり,中国に残存するであろう資料や,最近の中国現代史研究者の論考,当時の関係者による論述など,さらに触れてほしい資料・研究がありそうです。鞆谷さん自身も「今後さまざまな角度から検証する必要」があることを認識しており,ますますの研究の進展が期待され,奨励賞に値すると判断しました。

(この報告は『図書館界』59巻1号に掲載)