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《座標》
『図書館界』71巻2号 (July 2019)

図書館の評価

原田 隆史


 1963年の「中小レポート」や1970年に刊行された「市民の図書館」は,それまでの閲覧中心
であった日本の図書館思想を大きく変え,その後の図書館活動に大きな影響を与えることとなった。ま
た,ここで打ち出された貸出サービスは利用者を急増させるとともに,人々の図書館に対する良いイメ
ージを形作ることにもなった。さらに注目すべきなのは,「市民の図書館」において年間貸出冊数に関
する数値目標が記載されるなど,サービスに関する定量的な基準を50年前のこの時期に盛り込んだこ
とであろう。これを受けて各図書館でも「貸出冊数」や「入館者数」などの図書館利用に関する統計的
データが集められ図書館の評価に用いられてきた。

 しかし近年,公共図書館を取り巻く環境は大きく変化している。検索エンジンにより図書館による書
誌情報の検索機能の優位性は低下し,定額制電子書籍読み放題は図書館の資料提供機能と競合する。さ
らに少子高齢化,格差拡大,社会的資源の配分に関する合理性・公平性の重視など社会状況の変化を受
け,図書館に対する社会の目も変化してきた。それを受けて貸出サービス偏重の図書館のあり方が疑問
視されると同時に,運営効率化への圧力は高まる一方である。

 これらの変化に対応し,図書館でも新たなサービスが模索されている。ビジネス(地場産業)支援や行
政支援,学校・子育て支援などは多くの公共図書館が既に開始している。事業仕分け判定を受けた京都
府立図書館の中期計画では,知的な文化交流の場の創設,デジタルアーカイブの展開,非来館型サービ
スの充実なども盛り込まれている。しかし新たなサービスの必要性は認知しつつも,実施に踏み切れな
い図書館も少なくない。その障壁の一つに,自館の環境でのニーズがあるか,コストとのバランスがと
れるかに確信を持てないことがある。

 一方で運営効率化への圧力の高まりは,既にサービスを実施している図書館においても,それらのサ
ービスを如何に評価するかという疑問を生んでいる。図書館評価については法制度の面からも必要性が
指摘されるようになっており,2008年に改正された図書館法では第7条の3項および4項として
「図書館は,図書館の運営状況について評価を行い,その結果に基づき,運営の改善のための必要な措
置を講じ,運営状況に関する情報を地域住民等へ積極的に提供するよう努めなければならない」ことが
規定される。

 これに応じて,図書館評価の枠組みも再検討が必要になってきていると言えよう。すなわち,従来は
図書館業務のような複雑なものを分析するのに貸出数や入館者数といった簡単な指標しか使われてこな
かった。ミュラーが「測りすぎ」で指摘しているように,測定したい指標だけに注目し,真に必要な項
目を見落とした状態ともいえよう1)。今後は,図書館の業務記録(トランザクション)そのものを分析
したり,利用者からの感想などの定性的データを集めるなどの分析が必要であろう。従来は,また,こ
のような図書館の利用履歴は個人情報が含まれていることから資料返却後に削除され,図書館員の操作
では表示できないように設計されているのが通例であった。しかし,2017年に施行された改正個人
情報保護法で「匿名加工情報」が新たに規定され,トランザクションの有効活用法が整備されたことで
図書館の利用データを用いた分析が可能になってきた。既に一部の自治体では図書館のトランザクショ
ンを個人情報と完全に切り離した上で利用できるようにすることを図書館システムの調達仕様書に盛り
込んだ例もあり,今後の分析が期待される。

 図書館界においても利用データの分析はなされてきているが2),特に日本ではまだその例は少ない。
今後活発に利用データをどのように分析していくかの議論が起こることを期待したい。

1)ジェリー・Z・ミュラー『測りすぎ:なぜパフォーマンス指標は失敗するのか?』みすず書房,
2019,189p.
2)岸田和明「図書館利用データの解析とその活用」『情報の科学と技術』69(3),2019,
p.106―110.

(はらだ たかし 理事長・同志社大学)