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《座標》
『図書館界』69巻5号 (January 2017)

研究支援としての情報リテラシー教育

坂本 拓

  これまで,大学図書館員による情報リテラシー教育が議論される時,「学習支援(学修支援)」
 という文脈で語られることが圧倒的に多く,「研究支援」という観点で語られることはほぼ皆無で
 あった。2015年度まで行われていた,国立情報学研究所による「学術情報リテラシー教育担当
 者研修」のカリキュラム内容も例外ではなかった。勿論,現在の日本の圧倒的多くの大学では,研
 究者への研究支援よりも,学部学生への学習支援の方が優先度が高いため,これは当然のことと言
 えば当然のことである。
  しかしながら他方,国内の77の大学ではURA(University Research Administrator)という研
 究支援専門の職員が配置されるほど,研究者への支援が重要視されている。上記以外の大学でも,
 研究支援を必要とする若手教員や大学院生を抱えている機関は多数存在するはずである。
  私は以前,自然科学系の研究者達の間近で図書館業務に従事する機会があった。その時の経験で
 は,大学院生以上の研究者になると,「研究で必要とされる情報スキル」は,主に研究室内の教員
 や先輩といった閉じた範囲からのみ得られていた。この研究室内で脈々と受け継がれている情報ス
 キルというものが,しばしば非常に偏っていたり,古典的であったりすることがあり,当事者たち
 はそのことを知らないまま,研究を続けている。つまり,場合によっては,配属される研究室によ
 って,情報スキルの大きな格差が生じうるのである。
  この若手研究者が研究上必要とする情報スキルの一部は,具体的には論文等の学術情報の検索方
 法,論文情報の管理方法,論文投稿先のジャーナルの選定方法等であり,これらは大学図書館が長
 年担当してきた「情報リテラシー教育」と非常に親和性の高いものである。言うまでもなく,この
 情報スキルの習熟度は,学習支援の対象である学部学生よりも,研究者の方が,職業に直結してい
 る分,人生によりダイレクトに影響を及ぼす。このように,若手研究者にとって重要な情報リテラ
 シー能力が,配属される研究室に依存してしまっている状況を看過せずに,大学図書館が学部学生
 への学習支援だけでなく,大学院生以上の若手研究者への支援も真剣に検討し,より注力する必要
 があることは明らかであろう。
  しかし研究者への情報リテラシー教育と言っても,昨今はデータベースのユーザインターフェー
 スが洗練されたため,マニュアルや説明が無くとも必要最小限の操作は,誰でもできるようになっ
 た。その中で,学部学生に対して現在行っているようなデータベースの操作説明を中心としたもの
 ではなく,それ以上の,研究者にとって本当に意義のある情報リテラシー教育を行うためには,私
 たち大学図書館員の専門性であるメタデータと学術情報流通に関する知識と,研究者の研究活動上
 のニーズとを結びつけた講習内容を構築することが必要となる。
  イギリス,アメリカ,ドイツ等のいわゆる「サブジェクト・ライブラリアン」は,図書館情報学
 の修士課程と,それ以外の分野の修士課程の両方を修了しているので,このようなサービスの提供
 も可能であろう。それに対し,圧倒的大多数の大学にはサブジェクト・ライブラリアンという制度
 が存在しない日本において,自身の経験したことのない学問分野の「研究者の生態系」の知識を身
 に付けることは,私を含めた多くの大学図書館員にとって決して容易なことではない。しかし,そ
 のような事情とは全く関係なく,現在の日本の若手研究者は,サブジェクト・ライブラリアンから
 サポートを受けている欧米の大学の研究者と同じ土俵で戦わなければならないのだ。それを支援す
 るためには,私たち日本の大学図書館員は,上記のような,研究者を理解する努力を惜しんではな
 らない。場合によっては,先述のURAとの連携も大変有益な選択肢となるであろう。
  最近は,オープンデータ・オープンサイエンスの文脈で,大学図書館界においても「研究支援」
 という単語が出てくる頻度が以前よりも増した。この時流に乗って,研究支援としての情報リテラ
 シー教育の議論が高まることを切に願う。

(さかもと たく 理事・京都大学附属図書館)