TOP > 『図書館界』 > 65巻 > 6号 > 座標 / Update: 2014.3.2
サントリー文化財団は地域の文化向上と活性化に寄与した個人や団体を対象に毎年「サントリー地域文化賞」を贈呈しているが,2013年の受賞者には滋賀県の財団法人江北図書館がこれに選ばれた。
江北図書館は琵琶湖の北,滋賀県の木之本町(現在は合併して長浜市)で明治時代から活動を継続し,2007年には創立100周年を迎えた私立図書館である。受賞の報に接してまず嬉しく思ったのは,まちづくりや地域の活性化といえば,ともすれば人目をひきやすい派手なパフォーマンスが話題となるなかで,100年を越えて湖北の小さな町に図書館が存在し続けてきたこと,地域において図書館が時を積み重ねてきたことの意義そのものが今回の評価につながっているということだった。
明治35(1902)年に,東京で弁護士として活躍していた杉野文彌氏が郷里の余呉村(現在の長浜市)に開設した「杉野文庫」が江北図書館の前身とされる。杉野氏は東京で法律の勉強に励んでいたが,学資が続かず勉学の道を諦めかけていた時に出会ったのが,大日本教育会の附属図書館だった。貧しいなかで図書館を利用できることの便利さと有難さを経験したことから,後日自分が成功したならば郷里の若者たちのために図書館をつくろうという思いを強くしていったのだという。その後,利用者の便も考え伊香郡の郡都であった木之本村に移転し,運営の基盤を整えるために財団法人を設立して「財団法人江北図書館」として開館したのが明治40(1907)年1月であった。
滋賀県内にはこの明治40年前後に私立の教育会や個人が設立した図書館が数多く生まれ,図書館設置数では全国でも有数の県となっている。しかし,大正末の郡制廃止に伴って教育会の運営する図書館は経営を維持できなくなり,町立図書館に移管した水口図書館(現在の甲賀市水口図書館)を除いて消滅していった。個人の設置した図書館も設立者が死去するとともに厳しい資金面から閉館を余儀なくされていった。こうしたなかで江北図書館は現在に至るまで活動を続けてきたのであるが,とくに激動の昭和の時代を生き延びてこられた背景には,現館長の冨田光彦氏までの三代にわたる冨田家の財政面を含めた大きな支えがあった。
湖北地方は観音の里ともよばれ,井上靖の小説『星と祭』で広く知られるようになった高月の渡岸寺に残る十一面観音像をはじめ数多くの観音像を伝える地でもある。これらの仏像を地域全体で守り伝えているある集落の住人が「この地に生まれて,この土地で育ったものを食べてきて,ここの土に還っていくのだから,ここで生きてきた人々がこれまで伝えてきたものを次の世代に引き継いでいくのは当然のこと」だと語ってくれたことがある。あたりまえのように話されるその語り口から,時代を越えて保存されてきた仏像が貴重なものであるとして,そのうえで日々の暮らしのなかで仏像を守り伝えてきたこれまでの地元の人たちの思いというか,世代をつないでいこうとする志こそが貴重なものなのだと気付かされた。仏像を拝むということは,仏像とともにこの土地で代々にわたって仏像を守ってきた人々の思いに手をあわせているのである。
江北図書館は開館当初に大学や出版界などから寄贈された明治期の資料に加え,伊香郡役所資料や『近江伊香郡志』編纂の際に収集された古文書など湖北の歴史を研究するうえでは欠くことのできない資料を所蔵している。40年あまり前に,滋賀県下のある町の表具屋さんで襖の下張に使っていた『壬申戸籍』を見たことを覚えているが,郡役所関係の資料のほとんどがこのように古紙として売り払われるなどして散逸してしまったなかで,県内では伊香郡役所資料だけが江北図書館で保存されることによってまとまったかたちで残ることになった。これらの資料を目にすると,湖北で観音像を守ってきた人たちの思いと通じ合うものを感じさせられる。
小さな町で100年を越えて図書館を維持してきた多くの人たちの図書館に対する志にこそ,今回の地域文化賞の栄誉が与えられたのだろう。これからの図書館の100年がどのようなものとなるかはわからないが,まずは誠実に地域と向き合い気負うことなく図書館の仕事を続けていくことが,100年に向かう1年1年を積み重ねていくことになるのだと思う。
(きしもと たけふみ 京都産業大学文化学部)