TOP > 『図書館界』 > 65巻 > 5号 > 座標 / Update: 2014.1.8
2013年8月16日に,松江市における漫画『はだしのゲン』閲覧制限措置が公になった。この問題は,新聞・テレビなどのマスコミに数多く取り上げられ,図書館界に限らず多くの人々の関心を集めた。その後松江市教育委員会は8月26日に,「手続きの不備がある」として制限要請を撤回している。経過及び教育委員会での審議内容は,松江市教育委員会会議録 で報告されている。全国からの反響に戸惑い,慌ただしく会議が開催された様子が伝わってくる。多くの時間は取れなかったようであるが,(1)内容及び表現,(2)子どもの知る権利,著作の表現の自由,(3)学校と教育委員会の関係,(4)教育委員会会議と教育長の関係,(5)手続きなど討議項目を設定して審議されている。会議録からは,今回の問題が図書館教育を推進している松江市で起こったことは非常に残念であると教育委員からの指摘があったことがわかる。
『はだしのゲン』閲覧制限措置問題は全国に波紋が広がっている。教育委員会による『はだしのゲン』の所蔵調査が実施されたり,校長からの所蔵問い合わせなどが各地であったようだ。『正論』2013年11月号には,「総力特集『はだしのゲン』許すまじ!」が組まれており,その中に「『ゲン』だけではない学校図書室にのさばる反日書籍」のレポートがある。ここで反日書籍と言われている本の多くは,あちこちの学校図書館に所蔵されている本である。今後様々な団体から学校図書館に対し,これらの資料にたいする所蔵調査や問い合わせが増えてくることが危惧される。既に,都立高校では学外者から新聞の所蔵問い合わせがあり,『S新聞』を購読していない理由を聞かれている。
そもそもこの問題は,『はだしのゲン』だから表面化したのではないだろうか。これ以外の本ならば話題になることもなく見過ごされていたかもしれない。少なくとも図書館界以外の人たちの関心は集めなかっただろう。
松江市がある島根県では,2009年度より小中学校の学校図書館に学校司書等を配置する市町村に対し財政的な支援を行っている。「人のいる図書館」を目指した学校司書等配置事業を開始し,2013年度には配置率100%に達した。とはいえ学校司書の雇用形態は,(1)ボランティア149人(1日1時間×週5日×年35週以上),(2)学校司書A133人(1日5時間以上×週5日×年35週以上),(3)学校司書B31人(1日6時間以上×週5日×年52週) であり,ボランティアや短時間勤務が大半であることがわかる。
このような不安定な雇用に加えて学校司書は,現状では図書館運営の権限が充分に与えられていない。職員室に机がなく,職員会議にも出ておらず,一人職場であることが多い。校長からの閲覧制限指示に対し,現場の学校司書は誰にも相談できず従わざるを得なかったと思われる。
『はだしのゲン』閲覧制限措置問題から,学校図書館には「専門・専任・正規」の学校司書が必要なのだと改めて考えさせられた。いざ問題が起こったときに,教育委員会や校長・教師と遠慮なく議論できる学校司書でありたい。
学校図書館は,子どもたちが様々な考えの本に接することで,子どもたちに「自ら学び考える力」を身に付けてもらえるように,常日頃から活動している。とかく学校図書館は“読むべき本”という良書主義になりがちだが,学校図書館も図書館であり,子どもたちに最も近しい図書館である。このことを忘れることなく,問題が起きた時には「図書館の自由」を学び,選書のあり方や資料提供について考える絶好の機会ととらえ,次に備えようではないか。
図書館活動を通して子どもたちの豊かな学びや育ちを支えられる「専任・専門・正規」の学校司書を一人でも多く配置されるよう願う。
注
1)平成25年第11回・第12回松江市教育委員会会議録(http://www1.city.matsue.shimane.jp/k‐b‐k/kyouiku/kyouiku‐iinkai/kyouiku‐iinkai/kaigi‐naiyou/h25.data/content250822.pdf, content250826.pdf)
2)学校図書館問題研究会2013全国大会配布資料
(たにしま まさひこ 理事・大阪信愛女学院図書館)