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《座標》
『図書館界』62巻4号 (Nov., 2010)

糸を紡いで布を織るように

飯田 寿美

 ここに,2002年1月22日付け,三重県の勢和村立図書館が出した「勢和村での学校図書館への理解を求めるために〜公共図書館の立場から」という文書がある。「当文書は,行政・教師・司書・地域住民(ボランティア)の方,共通に理解していただくことを願って,お渡しする次第です」という但し書きがつけられている。

 直球である。まず,「なぜ学校図書館が必要なのか」が3点にわけて説明される。(筆者要約)

 1.図書館は,すべての地域住民の知る自由を保障するものであるが,公共図書館だけでは限界がある。子ども全員が通う学校にきちんと機能する図書館があれば,そこで図書館のサービスを受けることができる。義務教育の入り口でこの恩恵を受け,自ら主体的に考え,学ぶ姿勢を培うことが公共図書館の利用にもつながり,また,生涯にわたってその意欲を持ち続け,真の意味での民主主義社会を築くことにつながる。

 2.児童サービスを重視していても,公共図書館では一人ひとりの子どもたちにきちんと向かい合うことは難しい。学校図書館の司書なら,一人ひとりの知的好奇心や読書要求を満たし,さらなる学びへと希望を生み出すことができる。

 3.授業をつくるプロ(教師)と,資料をそろえるプロ(司書)の両者で,学校の教育目標や年間目標に基づいた授業展開と資料提供ができ,公共図書館はその任務として資料の援助ができる。

 これらは「生きる力を育む新しい学力観に向けた学習指導要領の改訂に直接関わるもの」であるから,「学校図書館に専任・専門の司書を置くことが急務であるが,勢和村ではまだ見通しがたたない。」そこで,「村立図書館のアウトリサーチサービスのひとつとして学校図書館整備にかかわる」ことにし,まず,「ボランティアを募集する」とある。しかし,これはあくまでも「専任・専門の司書配置に向けての道のりであり,マイナスにならないように」実際の仕事を列挙し,司書とボランティアの仕事分担をはっきりと明示している。

 この「“学校図書館を子どもたちの居場所に”ボランティア」と名付けられた活動の中で,司書はボランティアと一緒に学校図書館を整備しながら,「学校図書館に人がいることはどういうことか」を学び合い,同時に発信していく。学校の先生や新聞記者に,学校図書館先進地の岡山で育った人がいたというような幸運もあり,その活動はついに行政を動かし,2003年小学校,2004年中学校への専任・専門の学校司書(嘱託)配置に結びつく。

 実に明快な先の文章を書かれた林千智さんは,人口5千人の勢和村に嫁ぎ,ストーリーテリングを学ぶ中から図書館に出会い,1997年村立図書館の開館時に司書(嘱託)になる。以来,地域づくりの拠点となることをめざして,さまざまな行事やイベント,作家や研究者などによる多くの講演会などを企画,実施してきた。「人をつなぐ」ことが図書館の仕事だからと,これもまた揺るぎがない。

 今夏の学校図書館問題研究会・東京大会で,「つながりが育まれる場・図書館〜糸を紡いで布を織るように〜」というタイトルで,彼女と学校司書が一緒に実践報告をされた。そのあとの分科会も含め,「母体のような」公共図書館,そして連携によって充実していく学校図書館の姿を見せて,聴衆に驚きと共感と感銘を与えた。

 2006年,合併により多気町となって,勢和図書館には常駐管理職が不在となり,学校司書は非常勤に待遇が悪化し,旧多気町の図書館・学校図書館との研修会などもなかなか開けないといった困難な状況もあるが,三重県図書館協会図書館活性化推進事業の助成を受け,「食農・伝承・手仕事プロジェクト」を行うなど,懸命の努力が続く。(本年3月に出た記録集『おまめさんかなあ』をぜひご一読いただきたい。)

 小さな村だからできたのだろうか。協力者がたくさんいたからできたのだろうか。お金がない,理解が得られない,学校教育課と社会教育課の壁が…,できない理由はいくらでも探せる。でも,この町で育った人が帰ってこようと思うような暮らしやすい町にしたいという一途な願いが,確かに図書館を中心とした人と人がつながる楽しい町を作り上げ,子どもたちが喜んで通う学校図書館を作ったのだ。

(いいだ すみ 理事・小林聖心女子学院)