TOP > 『図書館界』 > 57巻 > 1号 > 座標 / Update: 2005.5.5
市町村の合併が急速に進んでいる。『朝日新聞』(2005年3月29日)によれば,これまで3,232あった市町村数が,2005年度中には2,343へと減少するという。自治体の数が減少すれば,見かけ上の図書館設置率は上昇する。また,図書館のなかった自治体が,図書館のある自治体と合併することによって,それまで図書館を利用できなかった人が利用できるようになる可能性もある。
しかし,そのような設置率の上昇は,自治体内での全域サービスという観点からすると,負の要因として働くこともある。たとえば,合併を目前にひかえたある図書館未設置町で,合併前で財政的ゆとりのあるうちに,かねてから計画していた図書館を建設しようとしたところ,合併予定先の市(図書館既設置)から無駄遣いであるとの不評を買い,現在の公民館図書室の増築ということに落ち着いたという話を聞いた。また,活発な図書館を直営で運営し,それが住民から親しまれている別の町では,図書館運営の一部を委託している隣接市と合併することになった結果,これまで直営であった町立図書館に対して指定管理者制度が導入されることになったという話も聞いた。
全域サービスとは,水準の高い図書館が住民の身近な場所にあって,すべての住民がそのサービスを日常的に利用できる状態をめざすものである。このような方針が,市町村合併によって揺れることのないようにしたい。
もちろん市町村の合併は,全域サービスの進展につながる契機ともなりうる。この点で,たとえば徳島県図書館大会(2005年2月)は,次のような「『市町村合併に伴う図書館サービスの一層の向上』を求めるアピール」を採択している。
合併とは関係ないけれど,近年,図書館の本を家庭まで配達するサービスや,近くのコンビニまで届けるサービが実施されるようになった。それらのサービスは,図書館まで遠い人や,行くのに交通費のかさむ人にとっては,とても便利なサービスである。そうした点から言えば,ある種の全域サービスであるともいえる。
しかし,配送のための経費が,もし利用者によって負担されるとしたら,それは『市民の図書館』のいう全域サービスの本旨とは違うものであろう。配達のための経費を払えない人や,払ってまで借りたくないと思う人にとっては,それらのサービスは自分には関係のないものに見える。経費のすべてを図書館が負担することは困難かもしれないが,所得による格差を生み出していることについても図書館は意識しておかなければならない。 未設置自治体をなくしたり,設置自治体での全域サービスを推進しようとするのは,知る自由や,学問の自由や,健康で文化的な生活を,図書館をつうじてすべての人に平等に保障するためである。個々の政策のよしあしについて考えるときは,この観点に立ち戻って考えてみる必要がある。
全域サービスの必要性については,本誌の2002年7月号の「座標」や,2005年3月号の「誌上討論」でも強く主張されている。『市民の図書館』の刊行から35年が過ぎたが,すべての人が図書館を日常的に使えるような状況にはまだ達していない。全域サービスという重点目標は,大きな課題として今でも存在している。
(やまもと あきかず 理事・神戸市立西図書館)