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新しい世紀を目前にして12月10日に開いた理事会の席上,新年度に向けた事業計画を論議する中で,私から一つの提案をした。
100年に1度しかない世紀の移り目に会の運営に携わる者の仕事として,次の1年,理事会メンバーが力を結集して,いま考えられる,考えなければならない図書館・図書館学研究の課題を論文の形で提起し,それをみなで議論し,その結果を誌面に戻していくことを継続してやってみてはどうか,という内容の提起である。
「21世紀の図書館」といった企画がおそらく図書館界の各誌にもここしばらく相次ぐことだろう(すでに昨年から幾つか見られる)。時代の区切りである希有なこの時期を考えると,それはそれで当然の企画でもあろう。21世紀を展望することは,それが的確なものであれば読者の強く求めるところであり,機関誌の編集者としては確かな論稿を誌面に提供する責任もあろう。
しかし,私が理事会の提案で発想したのは,研究団体(日図研)として,いまという時期をどのように認識し,そんなに長い先まではともかく,新しい世紀の当分の間を見通したとき,重要と思われる課題や論点などを大胆に提示し,会員みんなで考えてみる素材なり契機を提供すること,そして,そのことで日図研の当面する方向性を示すことが必要だし,それは理事会の責務ではなかろうか,ということであった。
その具体化は2月に開く次の理事会でさらに論議することになろうから,この段階ではあくまで私案の域を出ないが,私としては次のようなアイデアを抱いている。
2001年度に刊行する『図書館界』各号を通して,理事会メンバーが交替で一つの論文を発表する。それはいまの時期を見極めた課題の提起,論議のきっかけをつくるような刺激性に富んだ内容であることが望ましい。掲載後なるべく早期に研究例会もしくはしかるべき場でそれを素材に広く会員にも参加してもらって討議を行い,その概要なり受けとめを別の理事がレポートにまとめ『図書館界』に掲載する。そういうサイクルを6回継続しようということである。
首尾よくいけば,12点の論稿を通して日図研がこの時期に念頭に抱く「21世紀の図書館・図書館研究の課題と展開」の問題提起になるのではなかろうか,と考えている(第53巻には既に300号特集を予定しているので,その号にこれを組み込むことは難しいかもしれないが)。
いま図書館界は非常に錯綜した難しい時期に遭遇している。グーテンベルクの活字印刷の発明に次ぐコミュニケーション・メディアの大きな変革という情報環境の変貌,その反面として人と人との直接的なコミュニケーションの衰退,人間が生み出した技術が人間によるコントロールの効かない世界で一人歩きをもしかねない状況が強まっている。再び公権力が人の心の内に介入し,倫理を説く政治の動きもあり,その一つひとつが,私たちのかかわる図書館の在り方に大きな影響を及ぼしている。公共性や公的責務をあいまいにした図書館づくりの多様化が投ずる課題も大きい。
図書館及び図書館職への大きな期待が示される一方で,資料や情報の収集・累積・組織化・取り出しがごく機械的なシステムとして「高度に」マニュアル化され,システムの運用から専門性や倫理性を不問のものとする考え方をも強めている。
21世紀の図書館がすぐにも対処を迫られる課題は,好むと好まざるとを問わず,そうした20世紀末の情勢の延長線上で構想するほかなかろう。そこにどのような内実を共有できるかが問われることとなろう。
先にこの役割を「理事会メンバー」が全員で担うと言ったが,いまちょうど日図研は役員の改選期であり,「理事会メンバー」はまだ未確定である。にもかかわらずあえてこうした提起をし,それを新年度の事業に乗せようということは,新しく選出される理事諸氏にそういう責任を負ってもらおうということでもある。
そういう形で研究団体として「新世紀の日図研」の一歩を踏み出せればと思う。
次号からの具体化をご期待いただきたいし,会員の皆さんも研究例会等の場,あるいは誌面での論議にぜひ積極的に参画し,「私の21世紀」を構想してみていただきたい。それが日図研の一層の活性化にもなれば幸いである。
(しおみ のぼる 理事長・大阪教育大学)