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《コラム http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/nal/》
『図書館界』52巻4号 (November 2000)

電子ブックと図書館のゆくえ

呑海 沙織

 アメリカの人気作家,スティーブン・キングが,新しい出版のかたちを試みている。電子ブック「ザ・プラント(The Plant)」のリリースである。
2000年7月末から開始されたこの連載小説は,毎月末に公開され,キングの公式サイト(http://www.stephenking.com/)からダウンロードすることができる。

 「ザ・プラント」が,キングにとってはじめての電子ブックかというとそうではなく,この4ヶ月前に「ライディング・ザ・ブレッド(Riding the Bullet)」が既に発表されている。eBooksと提携し,Glassbook, netLibrary, NuvomediaのRocket eBook等のネットワークを通じて販売されているこの電子ブックは,PCあるいは専用デバイスで読むことができる。barnesandnoble.comには,発売初日に毎秒2.5件のリクエストがあり,クラッシュした販売サイトさえあったという。
出版流通業界に大きな衝撃を与えたこの電子ブックは,暗号技術によるプロテクトがかけられていたにもかかわらず即座に破られ,海賊版が横行したことでも話題を読んだ。

 では,「ザ・プラント」の何が画期的なのか。それは,従来の出版流通を完全に打ち破ったことにある。この電子ブックは,著者であるキング自身によって販売されているのである。読者は,キングの公式ホームページを通じて,小説をダウンロードする。Amazon.comの課金システムを利用できるので,支払いも簡単に行える。「書き手」から「読み手」へダイレクトに著作物を販売するという,出版流通革命の実現といっても過言ではない。

 読者とのコミュニケーションの上に成り立っているという点でも特徴的である。「ザ・プラント」の企画当初からキングは,ネットワートを通じて読者に問いかけ,その反応をもとに企画を実現していった。「ライディング・ザ・ブレット」の経験を通じて,完全なコピー防止システムが存在しないことを痛感したキングがとった方法は,読者のモラルに訴えるというものであった。各章に少なくとも800件のダウンロードがあり,その内75パーセント以上の支払があるという条件のもとに,連載を継続するという方針をうちたてたのである。
第1章は,15万2,132件のダウンロードがあり,75パーセント以上が支払を行ったと,リリースの1週間後に発表された。けれども8月末,第2章の公開後,連載存続のこの基本ラインの維持が危ぶまれている。9月末に公開予定の第3章の状況をみて改めて,連載を存続するか否かが決定される。
キングはいう。「連載を存続させるかどうかの決定権は,私ではなく,あなたたちにあるのです」

 電子ブックと図書館との関係はどうなっていくのだろうか。
eBookNet.comでは,9月に「電子ブックと図書館」についてのネット・ディスカッションの場を設けた。1週間という短い期間であったにもかかわらず,主にアメリカから100件以上の書き込みがあり,図書館関係者の関心の高さがうかがえた。
また,‘American Libraries’の2000年8月号(Vol.31,No.7)では,電子ブックの図書館への導入について,対照的な意見を持つ2人の図書館員の議論を掲載している。そもそも図書館というものは,あらゆるフォーマットの情報を提供すべきなのだろうかという疑問からはじまり,「読む」ことを考えれば今だ紙に勝るものはなく,フォーマットや互換性の問題を考えると,図書館にとりいれるのは時期尚早であるとするS.Sottongと,電子ブックの導入は図書館にとってまたとないPRとなるとするC.L.Hageの議論は興味深い。

 「ザ・プラント」第1章リリースから約1ヶ月,最も多かった読者からの質問は,ダウンロードに関する技術的なものであった。これまで電子ブックに縁のなかった人々にまで,その市場を大幅に広めたといいかえることもできるだろう。

 電子ブックという櫂を手にキングが漕ぎ出した新しい大陸には,どんな図書館が存在するのだろうか。

(どんかい さおり 京都大学附属図書館)