この夏,Eメールを活用する公共図書館員の間を駆けめぐった1通のメールがある。題して「『図書館で八百長リクエストをする会(仮称)』通信」。専門書の出版をささえるために会員を募り,特定の課題図書を地元の公立図書館にリクエストして購入させようという運動の呼びかけである。図書館業界では問題視する反応も見られるが,予約図書への相互貸借での対応という現実を見逃している企画であるためか,現場の図書館員の間では「ウチでは県立から借りて対応するので影響ないですね。」ときわめてクールな反応を得るにとどまっているようだ。
この運動それ自体はこのコラムの趣旨からはずれる話題であり,ここではその運動の評価には踏み込まない。ただこの「通信」がEメールを使って配布されているという点では興味深い事例であり,このコラムの趣旨からもはずれないだろう。興味深い点のひとつは,まず従来はインターネットから一番遠い位置にいるグループのひとつであった人文・社会科学系図書の読者層でもEメールがポピュラーな通信手段になりつつある,という点である。また,もうひとつには,それが,発信者の思惑をはるかに超える加速度をもってネット上をかけめぐり発信者を戸惑わせているのも興味深い。それはいわば典型的なネット初心者の反応パターンであると言えるだろうし,私達がネットを通じてのコミュニケーションに関わっていくときのある種の通過儀礼のようなものでもある。
この「通信」は,京都のある人文・社会科学系専門書店から発信された。7月18日付で発信されたこの通信第1号によれば,この書店では先にEメール版の「販売速報」を発行しており,Eメールを活用することの有効性に気づいていた。そこへ以前からアイデアを温めてはいたものの現実化にあたっての「通信広報の手間暇費用を考えるとめんどくさくて,始める気が」おこらなかった「八百長リクエスト」の計画が結びついた。この第1号は「販売速報」別冊として「およそ100名に直接送信」したほか,更に「数百人以上の方に転送されているらしいことがほぼ確実」であり,約20通の賛同の返信があった,と通信第2号(8月27日付)にある。
確かに,この通信第1号はきわめて急速に幅広く配布された。ただしそれは,発行者の思惑をはるかに超えたものでもあった。筆者の確認する限りでも遅くとも発行後3週間以内に,日図協政策特別委員会・図問研事務局・日図研研究委員会などがそれを把握していた。また同様に,図書館員を読者とする複数のメーリング・リストや電子会議室に転載されており,ネットを日常的に使っている図書館員なら容易にアクセスできるようになっていた。
発信者を嘲笑う意図は毛頭ないが,「通信」の発信者にネットの加速度に対する過少評価があったのは事実ではあるだろう。「通信」第1号の末尾には,「八百長工作をしているという性質上,非公然組織として活動せねばならないことをご理解ください」とあるが,同時にその冒頭には「転送大歓迎」とも謳ってあったという矛盾は,そうした意識の錯綜を物語っている。ネット上では,余程注意しないと選択的に流布させることなどできない。従来のメディアでは,発信者が言うように「手間暇費用」の故に,「転載歓迎」であっても事実上の流布先はきわめて限定されたものでしかなかった。しかし従来のメディアでの「転載歓迎」と違い,ネット上でのそれは実際の流布範囲も速度も大幅に加速される。発信者は「身内・同志」を意識して「転載歓迎」を謳ったのだと思われるが,ネット上では「身内」と「身外」を区別するのは事実上不可能となる。
日本のインターネット利用人口は,『インターネット白書'99』では約1,500万人,『通信白書』平成11年版では約1,700万人とそれぞれ推測されている。アメリカで既に指摘されているような収入・地域・年齢などによる格差が見られることは無視できないが,ネットを通じたコミュニケーションが身近なものになって来つつあることは事実であろう。一時はヴァーチャル(仮想)空間と喧伝されたネット上の場は,今や仮想などではなく受け入れ活用すべき有用な現実である。ただし,その加速度は従来のそれとは比べものにならない新たな現実でもある。
(むらおか かずひこ 大阪市立中央図書館)