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第13回国際図書館学セミナー報告

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テーマ:図書館とデジタル人文学の関係を考える:オープンデータの視点から
主 催:上海図書館 上海市図書館学会 日本図書館研究会
日 時:2019年10月17日(木) 9:00〜18:00
場 所:上海図書館 5304室
※10月18日(金):上海図書館及び徐家匯蔵書楼見学

1.はじめに
 台風の合間を縫って,10月の秋晴れが続く中,今年で13回を数える「日中国際図書館学セミナー」
が上海図書館を会場に開催された1)。今回は,「図書館とデジタル人文学の関係を考える:オープン
データの視点から」というテーマを掲げ,人文社会科学分野における知識創出とその保存及び学術情報
としてのオープンアクセスの進展について,日中のそれぞれの報告がなされた。1日目の10月17日
に本セミナーが開催され,2日目に開催会場となった上海図書館とその分館となっている徐家匯蔵書楼
2)の見学が行われた。本稿では,最初に1日目の本セミナーの概要,次に2日目の見学会について報
告する。

2.基調報告
 午前の基調報告は,司会を何毅氏(上海図書館副館長・上海科学技術情報研究所副所長)が務められ
た。最初に,陳超氏(上海市図書館行業協会理事長・上海図書館館長・上海科学技術情報研究所所長)
と続いて,原田隆史氏(同志社大学教授・日本図書館研究会理事長)の挨拶があった。

川崎良孝氏による基調報告
 基調報告の最初は,川崎良孝氏(京都大学名誉教授・元日本図書館研究会理事長)による,「図書館
の発展過程に関する考察:アメリカ公共図書館史研究を例として」がテーマである。図書館における歴
史研究は,時間軸の中で解釈されるものであり,研究者の視点や環境によって変わってくるものである。
そこには多様性が存在しており,アメリカ公共図書館史からアプローチし,公共図書館史の第1世代か
ら第4世代までの4つの世代,及び,マクロな背景から考察をされていた。現在は第4世代である。公
共図書館はすべての階級等を包摂する中立的な存在であるが,階級,ジェンダー人種等に規定されなが
ら展開してきた歴史があるということであった。
 2番目の基調報告は,劉¥文字(U+7152)氏(上海図書館副館長,研究員)による「オープンデータと
ナレッジサービス:図書館が科学研究のモデルチェンジへの支援」というテーマである。その中で,オ
ープンサイエンス,オープンデータの視点から,上海図書館のクラウド型フォーム,中国の現状,図書
館情報機構とオープンサイエンス・イノベーション,さらに,上海図書館の事例として,オープンデー
タ・アプリケーションコンテストの取り組みについて報告された。

3.研究発表
 午後からは,研究発表であった。第一部の司会を金暁明氏(上海市図書館学会秘書長,「図書館雑誌」
常務副編集長)が務められた。
 最初の発表は,黄晨氏(浙江大学図書館副館長,研究館員)による「芸術リソースに関するデジタル
人文学の試み」というテーマである。欧米の大規模博物館による館蔵品の高性能デジタル画像オープン
データ化宣言を受け,美術品データは学術研究と大衆文化の領域での活用が可能となってきた。デジタ
ル化された画像データを博物館が入力,共有することで,学術研究が進展することとなる。オックスフ
ォード大学および大英博物館との共同事業の下,大英博物館が開発したResearch Spaceによる実証実験
も行い,今後,クラウド方式によるシームレスなフォームとデータの構築により,芸術研究と美術教育
に有益なデジタル人文学の環境の提供が可能となるという内容であった。
 2番目の発表は,三浦寛二氏(愛荘町立愛知川図書館副館長)による「日本の公共図書館における郷
土資料(古写真データ)の公開とオープンデータ化についての現状と課題」というテーマである。三浦
氏は中国語に堪能で,中国語で発表された。日本の公共図書館における郷土資料の電子化,オープンデ
ータ化について,日本の公共図書館における古写真の収集,保存,公開とオープンデータ化の取り組み
から検討するという内容であった。
 日本の公共図書館は,一部の公共図書館で電子書籍の提供や所蔵資料の電子化が進められているもの
の,主要資料は紙面印刷の図書である。一方で公共図書館の資料,特に郷土資料は日本の図書館法,中
国公共図書館法双方に系統的な収集,保存,公開が図書館の主要業務として規定されている。郷土資料
の保存,公開の最も有効な方法として電子化が挙げられる。郷土資料の中でも,古写真の電子化は写真
データだけでなく撮影地や年代など写真に関するデータの登録が必要であるが,その規格や登録内容は
統一されていない。そこで,愛荘町立図書館をはじめ日本の公共図書館における古写真の電子化と公開
の現状を紹介し,郷土資料の電子化,オープンデータ化の課題を検討する。さらに,公共図書館におけ
るデジタル人文学への展望を検討するというものであった。
 3番目の発表は,向帆氏(清華大学美術学院助教授)による「視覚化による歴史の観察」というテー
マで,増大するデジタル歴史データベースのクラウド化によって,デザイナーは,デザイン研究や芸術
創作への応用が可能となってきた。どのように歴史データベースを活用することができるか,また歴史
的事象探索の可視化が可能かについて,具体的な事例として,中国古代家系樹の可視化,民国時代の昆
明翠湖の立体画像生成,全国美術コンテスト受賞作品の可視化等の実践について報告された。
 研究発表の後半,第二部は,司会:夏翠娟氏(上海図書館研究員・上海市図書館学会デジタル人文学
専門委員会主任)が司会を務められた。
 4番目の発表は,菊地信彦氏(アジア・オープン・リサーチセンター特任准教授)による,「関西大
学KU-ORCASのデジタル人文学プロジェクトとオープンデータへの取り組み」というテーマで,2017
年度私立大学研究ブランディング事業に採択された関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(KU
-ORCAS)の事業として,図書館が所蔵している東アジア文化研究資料のデジタルアーカイブ化を基盤と
した,デジタル人文学のプロジェクトの推進についての説明であった。このプロジェクトでは,IIIFに
対応したデジタルアーカイブによる「研究リソースのオープン化」のほか,デジタルアーカイブやデジ
タル人文学に関する研究・活用手法を共有するための「研究ノウハウのオープン化」,そして,「みん
なで翻刻」と連携(予定)したクラウドソーシング翻刻による「研究グループのオープン化」,最後に,
KU-ORCASの研究成果もオープンアクセスとして公開する「研究成果のオープン化」を掲げており,それ
ぞれの場面でオープンデータ化を進めているというものであった。大学図書館だけでは困難なデジタル
人文学研究とそこでのオープンデータ化の取り組みについても論じられた。
 5番目の発表は,李欣氏(研究館員,華東師範大学データと工程科学学院 党委員会書記)「デジタ
ル人文学を基に研究および教育実践環境の構築」というテーマで,人文学者のデジタル人文学について
の認識度分析を行い,図書館がデジタル人文学研究に参与する方法について考察された。情報データに
よる研究内容としては,研究ツール・方法,教育訓練の実例データをフォームに集約し,分布式のデジ
タル人文研究とデジタル教育実践環境を構築し,人文学者の研究思考の有機的結合を実現させた。さら
に,デジタル人文学の分布研究と教育実践基礎環境を構築し,デジタル人文学研究の様式と視野を体現
することで,異なる研究の視野を持つことができることを期待するというものであった。
 6番目の発表は,福島幸宏(東京大学大学院情報学環特任准教授),原田隆史(同志社大学教授)に
よる「図書館における貴重資料のオープンデータ化:京都府立図書館所蔵の明治期以降の観光案内書の
デジタル化プロジェクトを例として」というテーマである。近年,日本において図書館が所蔵する貴重
資料をデジタル化してWeb上で公開しようとする試みが数多く行われているが,デジタル人文学において
これらの資料を利用しようとした場合,「利用範囲と利用規約の不明確さ」「公開されるデータフォー
マットの不統一」「デジタル資料の探索手法の未整備」などが指摘され,必ずしも利用者に十分なサー
ビスができていないのが現状であるという課題がある。福島氏の前職場である京都府立図書館の「京都
府立図書館貴重書コレクション」について,世界的に標準である「利用ライセンスのCC0」「永続的識
別子としてDOI」「画像共有フレームワークにIIIF」を全て採用した日本ではじめての事例として紹介さ
れた。また,このシステム開発の経緯やシステム構築の工夫などについて紹介され,さらに,これらの
組み合わせを採用したことの効果と改善点について,市民や人文学研究者等へのインタビューを通じて
明らかにした結果も報告された。
 最後7番目の発表は,張計龍氏(研究館員,復旦大学図書館副館長)による,「ビッグデータ時代に
おける図書館の科学データの管理とサービス」というテーマである。大規模データ時代が「データ・バ
ン」を伴い到来しているとし,科学研究はデータの集密性から第四世代を迎え,大規模データは科学と
人文学の融合を促進し,近年は,“FAIR原則”の定着と,史上最も厳格なデータ保護法GDPRの時代を迎
え,中国では科学データ管理政策を整備し,科学データ管理が新たな思想の下で開放・提供されている
と説明された。報告の最後には復旦大学を例に,復旦大学図書館のデータ資源構築における外部共同様
式による構築の実践と考察を紹介された。

4.セミナーまとめ・閉会式
 以上,基調報告2本と,研究発表7本が報告された。今回のテーマのコア領域であるデジタル人文学
に関わって,とりわけ研究機関等が関心を寄せているオープンデータ,デジタルアーカイブ等について,
最新の取り組みや事例が紹介され,非常に充実した内容の報告がなされたと考える。本セミナーは,そ
の後の閉会式及び原稿募集授賞式をもって終了した。
 セミナー後には,関係者による晩餐会が開催され,日中の研究者及び図書館関係者の交流が図られた。

5.上海図書館見学
 翌10月18日は,上海図書館及びその分館である徐家匯蔵書楼の見学が行われた。参加者は,前日
報告を行った,三浦氏,菊池氏,福島氏と本セミナーに一般参加として同行した本稿執筆担当の家禰淳
一(愛知大学),板橋愛(神戸大学附属図書館)の5名である。

 早朝,上海図書館に到着したところ,開館前の正面入り口に早くも階段下まで行列ができていた。入り
口でセキュリティの関係で荷物検査を受け,待ち合わせとなっていた図書館のインフォメーション前に
集合し,図書館職員の方に館内を案内していただいた。

 インフォメーションのロビーには大きな液晶掲示板があり,リアルタイムに利用状況の数値を映し出
していた。そこから右手に入ったところに自動の利用者登録申請の機械がありその向かいに利用者登録
カウンターがあった。旅行者でもパスポートで登録が可能である。
 上図書館は1952年に,上海科学技術情報研究所は1958年に設立され,1995年,双方が併
合し,国家博士研究員科学研究ワークステーション,文化観光部公共文化研究保護拠点,中国文化情報
資源共有プロジェクト上海支部,上海市古書保護センター,上海市図書館総合センター,上海市ソフト
サイエンス研究拠点「先進技術推進研究センター」,上海文化クリエイティブ産業情報センターとして
の機能を持っている。文献は約5,600万冊(点)所蔵している。

 最初に案内されたのが,族譜閲覧室である。中国では,自分の家系というものを大事に考えており,
家系図(族譜または家譜)の作成が一般的に行われているということであった。上海図書館ではその作
成支援ツールをWeb上で公開しており,ID,パスワードで利用者自身の家譜作成が可能となっている。
その部屋も案内していただいたが,孔子等著名な人物の家譜も紙資料としてそこに保存されていた。そ
れらは,デジタル化され,データベース「家譜数据庫」(http://search.library.sh.cn/jiapu/)をイン
ターネット公開して姓や地域からも検索できるようになっている。また,一般人でも上海図書館のサイ
トから自分の家譜の公開が可能ということである。

 次に,修復作業室に案内していただいた。ここでは,主に清代の資料の修復や拓本をとる作業をして
る。修復には職員の養成が重要で,ここで作業をしているのは,博士号を持った専門職員ということで
ある。すべて手作業で,全部で20ほどの工程があり,かなり時間と労力のかかる作業となっている。
修復後壁に置き,垂直の状態で乾かす。博物館と同じ手法をとっているとのことである。

 また上海図書館では,科学研究イノベーションを支援・推進し,技術の新規性調査や特許分析なども
担っている。また,そうした支援の一つとして3Dプリンタが設置されていたり,AIを活用した製品を
使う体験ができたりする“産品体験区(製品体験エリア)”もある。

 新読書体験閲覧室や「創・新空間」において,スマホ図書館,電子書籍リーダー貸出サービスなどを
実施している。
 中国文化名人手稿館では,文化人による手書き原稿等の展示がされていた。

 その後,中文古籍総合目録等の説明を受け,午後から次の見学地へ向かった。

6.徐家匯蔵書楼見学
 徐家匯蔵書楼は,徐匯区の徐家匯に位置し,1847年に設立された上海で現存する最古の現代図書
館であり,西洋と東洋の研究交流の場の様相を呈している。その雰囲気を堪能できる書庫等,普段は入
れないところを案内していただいた。

 現在の敷地は,北と南の建物で構成されている。北側は,1897年に建てられた2階建てのヨーロ
ッパ調の構造で,1階は中国のコレクション2階は西洋言語となっており,“Bibliotheca Major”と
名付けられている。この2階の蔵書は,バチカン図書館の模造品で,バチカン分類が使われているとい
うことである。もともとは,徐家匯蔵書楼はイエズス会宣教師によって始められた。そのため,南側は
イエズス会の住居となっており,当初は1867年に建てられ,その後1931年に4階建ての大邸宅
に拡張および改修されている。

 上海図書館には,1477年から1950年に発行された75万冊の古い外国の出版物が所蔵されて
いるが,そのうち32万冊がこの徐家匯蔵書楼に収蔵されている。内容は,哲学,宗教,政治,経済,
言語学,文学,芸術,歴史,地理などの分野で20近くの異なる言語が存在する。

謝辞
 最後に,本セミナーと見学において上海図書館,上海市図書館学会,日本図書館研究会の関係各位に
対し,また,本報告を執筆するにあたり,快くレジュメの翻訳を引き受けていただいた三浦寛二氏に対
して深く感謝申し上げたい。
                                 (文責:家禰淳一,板橋 愛)
注
1)上海図書館ホームページニュース「第十三回日中国際図書館学シンポジウムが開幕」
〈http://www.library.sh.cn/Web/www/shtsg/20191023/n77773142.html〉.[引用日:2019―12―20]
2)The Bibliotheca Zi-Ka-Wei (The Xujiahui Library)〈http://www.library.sh.cn/Web/news/20101213/
n1139775.html〉.[引用日:2019―12―20]