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2013年11月7日(於:上海)
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2013年度の中国図書館大会は中国の文化部が主催し,上海市浦東新区政府が実施するもので,2013年11月7日から9日まで,上海世界博の壮大な施設を2つ活用して行われた。7日(木曜)の午前中の開会式は,2,000人以上が収容できる会場で実施され,挨拶や表彰式,それに著名な教育学者の講演があった。表彰式は現場図書館「長」を表彰するもので,まさに演出という大がかりなものであった。大会全体の参加者は2,500人から3,000人で,天候にも恵まれ,大きな展示場では企業や図書館が展示を行い,見学者も多く活発だった。
7日の午後は分科会が行われ,9つの分科会場が設定されていた(8日と合わせると全部で29の分科会が設定されている)。第9回日中図書館学セミナーは,その第4分科会にあてられ,主催は日本図書館研究会,上海市図書館学会,浦東図書館である。テーマは「多様な文化,人,図書館サービス」で,発表者と題目は以下であった。
基調報告は次の3人である。呉建中(上海図書館長)「都市の発展と図書館多文化」,川崎良孝(京都大学)「読書空間としての図書館の歴史と現状」,鄭愛清(シンガポール国立図書館管理局副総裁兼公共図書館長)「シンガポール公共図書館の多文化サービスの現状」。
報告者は次の4人である。久野和子(愛知学泉短期大学)「第3の場としての図書館」,赤澤久弥(京都大学図書館)「機関リポジトリ(歴史と現状):京都大学の例」,それに上海市長寧区図書館長,上海市浦東新区図書館副館長。
司会は上海市図書館学会理事長で上海図書館副館長の周徳明氏が担当され,巧みな進行をされた。
呉建中氏は上海の発展と住民構成に触れられ,図書館で多文化サービスが不可欠なことを指摘しつつ,同館の特徴である「上海の窓」(Shanghai Windows)などについても触れられた。なお上海に在住する外国人は日本人が一番多く,20万人を越えている。鄭愛清氏はシンガポールの公共図書館での新しい取り組みを紹介され,公共図書館でのボランティアの大幅活用,それに民間での図書の持ち寄りと読書グループなどを紹介された。上海市長寧区は日本を含めて外国領事館が最も多い区で,長寧区図書館では「中国の窓」という部門を設けてサービスを展開しているが,その紹介があった。要するに「外国語部門」のサービスについて説明したことになる。浦東新区は観光案内書でも有名な高層ビルがある地域で,経済的に急速な進歩を遂げている。そこでの多文化サービスの報告があった。いずれも,サービスの実態を紹介する内容といえる。
日本側の発表を簡単にまとめておくと以下のようになる。川崎「読書空間としての図書館の歴史と現状」は,アメリカ公立図書館の基本的な価値として,「サービスの提供」(例えば最大多数の人へのサービス),「資料や情報へのアクセスの保障」,「図書館記録の保護」を指摘し,後者の2つは1960年代から生まれてきた価値で,1960年代から20世紀末までは,この3つの価値が右肩上がりに平行して進んでいくとした。そして,この時代を「図書館トリニティの時代」と名づけた。それが21世紀に入り,「アクセスの保障」と「図書館記録の保護」という2つの基本的な価値に揺らぎが生じているとした。前者については,インターネット上の資源が広大になっていること,合衆国最高裁判決によってフィルタリング・ソフトウェアの位置づけが変化したことを指摘した。後者については,合衆国愛国者法の影響および若者のプライヴァシーに関する意識の変化を指摘した。このようにして,21世紀に入り「トリニティの時代」から「揺らぎと挑戦の時代」に入ったとまとめている。これらが現在の図書館状況の基底をなすもので,さまざまなサービス(第3の場,ラーニング・コモンズ,ブティック型サービス,アイデアストア型サービス,UnLibraryなど)は,「参加」,「共有」,そして「人びとの生活の中での図書館」という言葉がキーになるとまとめた。そして「多様な文化」を図書館が構想し実践するについても,こうした読書空間としての図書館の場の変容を理解する必要があると結論した。
久野「第3の場(third places)としての図書館」の骨子は次のようである。1990年代,北米を中心に提唱された「場としての図書館」は,デジタル社会における図書館の物理的な場所の価値と機能について再評価しようとするものである。現在その研究は,新しい理論や概念,研究方法などを応用して学際的に進められているが,中でも特にレイ・オールデンバーグ(Ray Oldenburg)の「第3の場」は注目を集めている。それは,住民がいつでも誰でも自由に出入りでき,気軽におもしろく会話を楽しめる場所のことであり,都市生活者にとって「第1の場」(家庭)や「第2の場」(職場)と並んで必要不可欠な場所を指す。良き「第3の場」は共通する特徴を持ち,さまざまな社会的,個人的効用をもたらすが,特に人と人とのつながり(社会関係資本)を効果的に創出するという点で,現在,大きな注目を浴びている。例えば,その「社会関係資本」という言葉を世に広めたロバート・パットナム(Robert Putnam)は,シカゴ公立図書館の分館をフィールドワーク調査し,その魅力的な場づくりと的確な図書館サービスが,多様な文化,民族,個人の相互理解とつながり,地域の知的,文化的交流を効果的に促進していることを明らかにした。つまり,同分館が「第3の場」の特徴の多くを満たし,社会関係資本を効果的に創出し蓄積していることを実証的に示したのである。このように,特徴や効能が明確かつ具体的な「第3の場」は,物理的な場所としての図書館の価値と機能を再評価し,広く理解してもらう上で有用な概念だと考えられる。
赤澤「機関リポジトリ(歴史と現状):京都大学の例」の骨子は次のようである。はじめに日本の機関リポジトリの歴史を3区分して示した。1990年代の電子図書館を前身とし,オープンアクセスの潮流を背景に,取り組みが始まる2000年台前半までを草創期とする。その後2010年過ぎまでは,国立情報学研究所による公募型事業の後押しを受け,機関リポジトリの数が急増する発展期となる。そして現在,JAIRO Cloudの運用開始,学位規則改正による博士論文の登録制度化,オープンアクセスジャーナルの興隆などを受け,展開期に差し掛かっている。また,日本の機関リポジトリは,その収録アイテムの半数近くを紀要論文が占め,人文社会科学分野のオープンアクセス基盤を担っている。
次に,草創期から運用され,国内有数の規模を持つ京都大学の機関リポジトリの活動を紹介した。まず,学内刊行紀要の電子ジャーナル化を推進している。また,工学研究科博士論文の登録制度化,京都大学学術出版会刊行図書の公開などのユニークな取り組みをしてきた。さらに,学内研究者のノーベル賞受賞論文の公開など,社会への情報発信も行っている。
さらに,京都大学の機関リポジトリのアクセスログ分析の結果,国内のみならずアジア諸国を中心に国外から多くのアクセスがあること,一般市民に広く利用されていることが明らかになっている。このように機関リポジトリは,学術情報流通とともに「多様な文化」を支える装置として,大学図書館の活動の重要な位置を占めている。
日本の発表者には質問も出された。久野にたいしては,第3の場の実践例を問う質問などがあり,分科会が終了した後にも,質問や電子メールのアドレスを交換したりしていた。川崎にたいしては情報格差の問題と図書館との関係についての質問などが出され,的確な回答にたいして,会場から拍手があった。また赤澤の報告については,中国ではまだ機関リポジトリが少ないこともあり,基本的な質問がなされていた。
残念なことにどの分科会の会場も狭く,100人ほどの席数しかなかったため,後ろの方では立って話を聞いている参加者が多かった。会場が広く,時間にも余裕があれば,より充実した意見の交換が可能であったように思われる。
なお3人の発表のフル・ペーパーは12月以降の『図書館雑誌』(上海市図書館学会)に中国語で論文として掲載される。なおこの雑誌は中国でも最も刊行冊数が大きい雑誌の1つである。また上記「上海の窓」については,以下が参考になる。周卿・沈麗雲「上海図書館の国際化サービス」『図書館雑誌』(日本図書館協会)2013年11月号,p.702―704.
日本図書館研究会と上海市図書館学会が主催する日中図書館学セミナーは,3年を1周期に,1回を関西で,1回を上海で開催している。2014年は関西で行われることになっている。
(文責:赤澤久弥・川崎良孝・久野和子)