TOP > 大会・研究会等 > 国際図書館学セミナー > 2010年度 / Update: 2010.11.13
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去る2010年8月24日(火)〜27日(金)に杭州図書館において開催された第7回日中国際図書館学セミナーについて,その概要を報告する。
この国際セミナーは,2000年10月に締結した上海市図書館学会と日本図書館研究会との学術交流協定に基づいている。当セミナーは2001年10月に上海図書館で開催された第1回以降,3年に1回開催されている。別途,上海図書館が主催する上海国際図書館フォーラム(SIlF:Shanghai International Library Forum)が2年に1回上海で開催されるため,6年に1回の割合で,2つの研究集会が合同で開催されることになる。2010年はその年に相当するため,第5回上海国際図書館フォーラムの総合テーマである「生活と図書館サービス」(City Life and Library Service)のもとに設けられた6つのテーマのうち,分科会「図書館の基準と評価」(Library Standards and Evaluation)が,第7回日中国際図書館学セミナーの企画部分として実施された。したがって,主催は上海図書館および杭州図書館,共催が日本図書館研究会,杭州市図書館学会,上海市図書館学会,上海市科学技術情報学会というかたちでの開催であった。
通常であればSILFは上海図書館で開催されるが,上海万博が開かれた2010年は諸般の事情により,風光明媚な西湖がある杭州でセミナーおよびフォーラムが開かれた。全体の参加者は海外23カ国からの約200名であった。日本からは18名が参加した。
開会式では杭州市の代表者や中国文化省代表の歓迎挨拶に続き,参加者代表として塩見昇氏(日本図書館協会理事長)が「情報伝達の手段・方法が飛躍的に進歩している現在,ここで交換される新たな知見が,上海万博の成果のひとつとして共有され,図書館事業の進展につながることを期待したい」と挨拶をした。開会式後は呉建中氏(上海図書館館長)司会のもと,周和平氏(中国国立図書館館長),Ellen TISE(IFLA会長),陳小平氏(杭州市副市長)の3者がキーノートスピーチを行った。
2日目に開催された各分科会のテーマ(日中部分である分科会を除く)は下記のとおりである。
日中セミナーに該当する分科会は,王世佛氏(上海市図書館学会理事長)と川崎良孝氏(日本図書館研究会理事長)による歓迎スピーチで始まった。川崎氏は図書館基準に世界的関心が集まっていると述べたうえで,アメリカの図書館研究によって明らかになった次の2点を紹介した。ひとつは図書館の基準の変化には社会の影響が大であること,二つ目は数値目標の設定には長所と短所があり,これを扱うには長期的展望が必要ということである。
1人目の報告者である塩見昇氏が「日本における公共図書館基準の変遷と現在」として,図書館法が制定された1950年の段階での望ましい基準(旧第18条)と,国の補助金を受けるための要件を示す最低基準(旧第19条)をめぐる歴史と2008年法改正を受けての新たな基準策定の論点を中心に紹介し,併せて日本図書館協会による望ましい基準への提言や評価基準の検討,「公立図書館の任務と目標」の策定にも言及,最後に基準値目標とサービス活動の実践の関係,基準を維持する力などにつき提起した。
続いて2人目の報告者である王世佛氏は「最近の中国公共図書館におけるサービス革新」として,革新を理念(都市教室,移動サービス,ボランティアサービス,協力・共有)と内容(講座サービス,貸出利用者共通カード,業務の細分化,資源構築)および技術(デジタル図書館,区域集中管理,セルフサービス,ネットサービス)の3つに分けて述べた。これらの取り組みに対して,中国文化部から様々な革新賞を授与しているとのことであった。
3人目の報告者である川崎良孝氏は「アメリカ公立図書館の基準の歴史的変遷:全国基準からコミュニティの基準へ」として,アメリカ図書館協会による全国基準は1933年の発表以来ほぼ10年ごとに改訂され,そうした基準は自館を評価する場合の拠り所として,また他館と比較する場合の土台として,アメリカ公共図書館の発展に大きな影響を与えてきたことを紹介した。その上で,基準は図書館自体の状況と社会状況の変化を反映して変わるものであり,アメリカでも定期的に見直してきた点を強調した。
4人目の報告は上海図書館における日本語文献の専門担当でもある鮑延明氏による「中国と日本のサイトレファレンスサービスの比較研究」であった。その中で,日本よりも中国でサイトレファレンスが進んだ理由としてインターネット普及時点での電話普及率の低さや,日本の公共図書館のような平均的発展がないことを述べた。
午後は石橋進一氏(枚方市立図書館)による5人目の報告で始まった。石橋氏は「日本の公立図書館サービスの評価について:現場ではこのように考えている」として,枚方市立図書館の沿革および概要を説明した後,市民一人当たりの指標やコスト面を経年変化で分析した。そして大阪府内および全国規模の他自治体との比較を行い,同図書館の特徴と課題を導き出し,さらに豊中市の事例で補いながら新しい評価方法の試みを述べた。枚方市の場合,市の「総合計画」にある47の指標のうちの一つが図書館利用に関するものであることも紹介した。
6人目の李霞氏(京都大学大学院)はやむを得ぬ事情により参加できなかったため,妹である李慶氏(滋賀大学大学院)が代読で「日本の公立図書館における全域サービスの歴史的展開過程」を報告した。
最後7人目の報告は周宇麟氏(杭州図書館)による「杭州市の特色ある公共図書館情報サービス体系の構築」であった。杭州図書館は館内面積の90%が利用者に解放され,1日平均7千人の来館者がある図書館で,「平等」「無料」「(利用のための)障害なし」“Library for Everybody”を理念としている。近年は特に「保管」から「利用」への転換を成し遂げたとのことである。未来への展望として,郵便局や宅急便会社と連携した物流センターとしての役割を担うこと,情報技術を活用した電子書籍,セルフサービス,サイトレファレンスサービスの導入について述べた。
杭州・上海における全域サービス(どこで借りても返しても)に向けての大規模なシステムづくりなど,発表に関連しての理解を深める質疑応答も活発に行われた。最後に塩見氏が「前回のセミナーでは図書館法という法律が持つ意味合いを問うテーマを取り上げたが,それを具体化する一つとして今回の“基準”がある。中国側からは文化部の評価を図書館が積極的に取り上げ,実践的に展開するという動きをはじめ,杭州図書館の特色を探るサービスが紹介された。ただ,めざましいサービスに焦点をあて,それを目標化すると格差が広がり,切り捨てられる図書館が生じる危惧がある。そうならないためにも“基準”の作り方,内容,維持発展させる作用が重要であり,図書館基準とサービス実践との相互関係,基準の妥当性への住民による判断,数値目標の是非など,更なる議論,検討の必要がある」とまとめた。
このたびのフォーラムおよびセミナーでの個人発表は2010年3月発行『図書館界』誌上で呼びかけた。全ての原稿は2010年上海国際図書館フォーラム組織委員会が査読し,その中から選ばれたものがフォーラムでの発表,および論文集に収録された。日中セミナーに該当する分科会以外の発表者を紹介する。なお,日中セミナー以外の報告は,質疑応答も含め全て英語で行われた。
セミナーおよびフォーラムの他,25日には杭州図書館を見学させていただいた。館内の隅々まで利用されている活気あふれる第一線の図書館であることは「五星」というネーミングの利用者による本の推薦文掲示コーナーからもうかがい知ることができた。それと同時に,各々が自由に書道する「書画室」という部屋の設置,古典籍の研究に欠かせない『四庫全書』配架などの特徴的なサービスも多々あった。さらに27日には希望者のみではあるが上海万博見学がスケジュールに組み込まれていた。
6年前のSILFにも参加した者として,今回の運営には多数の学生ボランティアが運営に携わっていたことが印象的であった。彼女/彼らに“志願”の理由を質問したところ,「英語力を磨きたい」「国際セミナーを体験してみたかった」などの回答があった。会場整備や撮影をはじめ,何台にも分乗したバスへの案内担当など,上海図書館や杭州図書館スタッフの強力なサポーターとして活躍していた。
最後に,今回のセミナーは呉建中館長をはじめ,上海図書館のみなさまの綿密な準備とあたたかいおもてなしによって成功をおさめることができた。この場をお借りして,心から感謝申し上げる。
(文責:木下みゆき 理事・大阪府立男女共同参画・青少年センター)